不安だらけの食事会(1)

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不安だらけの食事会(1)

 出窓から入る涼しい夜風は、カスタネットの音に似た虫の声を乗せ、食堂に流れ込んでくる。灯されたロウソクの炎が風に揺れ、シャンデリアに下げられた無数の雫型のカットガラスに反射し、オレンジ色した光の欠片がキラキラきらめいて、室内を明るく照らし出した。  木造りの長テーブルの向こう側には、茶色の髪を一つに結い、いつもと同じ赤色の服を着た寮母のエルクさん。黒髪をなでつけ、白いシャツに黒皮のベストを羽織った庭師のウルカスさん。そしてその隣に先ほどお会いしたジャンさんが座っている。  こちら側は現遺跡調査課の面々、エルクさんの前にラーテルさん、レト、そして私、最後はサクヤという順で座り、テーブルの上には、みんなに手伝ってもらいながら腕によりをかけて作った、お肉の煮込み、白身魚のムニエル、おイモと卵、ウルカスさんのお庭で頂いたハーブを散らしたグリーンサラダ、カラフルトマトの野菜煮込み、お気に入りのパン屋さんのバゲット、そしてエルクさんが絶賛してくれているサーモンとフェンネルというハーブのキッシュなどなど料理が並んでいる。  ふう。間に合って良かった……結局作るだけで終わってしまって……誰ともゆっくり話せなかったのは残念だったけれど。 「ありがとうアーミー! そして、ラーテル、レトも手伝ってくれたのだろう? これはすごいご馳走だなあ! どれも美味しそうだ!」 「……おい! 俺も手伝ったんだけど」 「あ、ありがとうございます」  エルクさんが感嘆の声をあげ、私たち(つまみ食いばかりしてたサクヤはのぞいてたみたいだけど……笑)を、たっくさん褒めてくれた。大好きなエルクさんにそんなこと言われたら、いつもなら、うれしくて、うれしくて! それこそ飛び上がりたいくらいうれしくて、デッレデレに照れてしまうのだろうけれど……今日はほら、あんなんことがあったばかりでしょう……? 胸に重たい石がのったように不安で、心配で、苦しくて……。でも、お客様をお招きしているのだから、暗い顔は失礼になるから絶対にダメ! と、なんとか笑顔を作ったのだけど、でもぉ。やっぱり、うまく隠せなかったみたい。多分隣のラーテルさん、レト、二人も似たような顔をしてしまったに違いない。エルクさんは一瞬怪訝な顔をしたけれど、ジャンさんの手前もあってか、それ以上何も言わず、赤いワインで満たされたグラスを掲げた。 「とりあえず、豪勢な御馳走が冷めてしまう前に乾杯しよう」  慌てて目の前のぶどうジュースが入ったグラスを手に取る。乾杯! というエルクさんの号令とともに、食事会は始まった。 「さっきも紹介したが、彼はジャンといってな。お前たちの代の前の前、二回前の遺跡調査課のメンバー、ここの卒業生なんだ」  エルクさんがキッシュをナイフで切り分けながら改めて紹介してくれた。食事が始まる前に、私たちは簡単にジャンさんに自己紹介したのだけれど、ジャンさんについてくわしく聞くのは初めてだ。 「じゃあ、いまは二十歳でいらっしゃるんですか?」  遺跡調査課に入った時、大体二年くらいで課を卒業するとオウルさんから聞いている。二回前ということは四年前ご卒業されたのかな? と計算して聞いてみる。 「ああ、そうだ。卒業したのは十八歳の時だからなあ。そう考えると今の仕事についてもう二年なのか……」  赤毛のジャンさんはさっきはイカツイ鎧姿だったけれど、今は上はカーキ色のシャツ、下は黒のパンツといった親しみやすい私服姿。お肉の煮込み料理をすごい勢いでかきこみつつ(やっぱりたくさん作っておいてよかったぁ)、視線を上に向け、ぼやいている姿は、村によくいる話好きのお兄さんのようで親しみやすく、私は立て続けに質問してしまった。 「いまはどのようなお仕事をに就いていらっしゃるんですか?」  というのもほら、私は王命でここに来ているのだけれど、いつかは……村のおばあちゃんのところへ帰りたいと考えているんだ。もちろん! ラーテルさんも、レトも、まぁ、ここだけの話サクヤも。大切な仲間だし、大好きだし、別れのことを考えると泣いてしまうから想像したくない! けれど、かなり歳をとったおばあちゃんを、一人置いて来てしまったのが心配で心配で……だから卒業後の進路について、直接先輩に聞いてみたかったんだよね。 「卒業して、自分は王都にある冒険者ギルドで働くことにしたんだ。世界各地の町、村から届く依頼、例えば原生生物の討伐や、偶然見つかったダンジョンの探索、時に中で眠る悪魔の殲滅、といったあらゆる腕っぷしの必要な仕事をこなしている。遺跡調査課を卒業していれば、ダンジョン調査の経験がある程度認められ、それなりの役職にもつけたんでね」  へぇえ。遺跡調査課に所属していたら、卒業後それが資格みたいになって仕事につけたりするのかあ。それは初耳だったなあ。も、もちろん私がそんな所で働けると思ってないけれどね(あはは)。 「今回も忙しい仕事の合間を縫って、わざわざ時間をこしらえ来てくれたんだよな」  エルクさんがいうと、ジャンさんが頷く。 「実は昨年は暖冬でね。暖冬だと北の地方の氷が溶け、閉ざされていたダンジョン内の悪魔や悪魔の眷属が蘇ってしまう事案が多発するんだ。そのせいでつい先日まで北のある村につめていた。こちらは初夏だがあちらはまだ春になったばかり。気候が和らいで、だいぶ身体も動き、戦いやすくなったが……まだまだ油断は禁物だ」 「春に動き回るって、やっぱ完全にヒグマ……いて!」  同じように肉を頬張りながら、何やら言い始めたサクヤの脇腹にすかさず肘鉄をくらわす。もお! 思ったことをすぐ口に出すそのクセ、ほんっとやめてよね! また怒られても知らないんだから! 「他の遺跡調査課のメンバーの方とご一緒なのですか?」  一度咳払いして、わざとらしく痛がるサクヤの声を無視してたずねてみたのだけど、あれ? 一瞬太くキリッとした眉が悲しそうにゆがんだ。わ、私、何か悪いことを聞いてしまったかしら? 「いや」  私が焦った顔をしたせいか、ジャンさんはワインを煽り、首を振った。次の瞬間にはさっきと同じなんともない表情に戻っている。 「この仕事についたのは自分だけだ。他のメンバーは別の仕事だったり、出身地に帰ったり、ね」  出身地に帰る……!? それを聞いて、心の底からホッとしてしまった。そうかぁ、実家に帰った人もいるんだ! 私も遅くとも二年経てば帰れる! 話では家に帰れるとは聞いてたけど、前例を聞けて、うれしさに自然とほっぺがゆるんでしまう。よかったぁ、おばあちゃん、待っててね! そうだ、後でこの話、手紙に書いて送ろう! きっとおばあちゃんも、安心してくれるはずだもの! 「ジャンさんは〜すっごぉおく食べるし、大きいですけどぉ、剣士さんか、なんか、なんですかぁ〜?」  私が一人でニマニマしているスキに、そのジャンさん以上に料理を口に詰め込んでいたレトがたずねた。ああ〜口からパン粉が飛び出しているじゃない! 慌ててハンカチをレトに渡す。そんな私たちのやりとりに苦笑いしつつ、 「ああそうだ。今も前衛をかってでている。君たちのチームの前衛は」  ジャンさんは言葉を切って、一列に座る私たちを順に見渡す。 「私です」  ああ、前衛さんを探していたのか〜。一瞬、唯一男に見える(レトも男の子だけど、見た目美少女だから)サクヤに視線を止めようとして……ラーテルさんが手をあげたことで、さっきの自己紹介を思い出したらしい。ラーテルさんに謝るような仕草をして、驚きの声をあげた。 「ああそうか! キミだったな」 「彼女は優秀でな、私が毎日稽古をつけているんだ。彼女の前衛としての成長も楽しみの一つなのだよ」  すかさずエルクさんが満面の笑みでラーテルさんを褒めた。ラーテルさんは、今も毎日、エルクさんの元で剣術の修行をしている。エルクさんは寮母さんだけれど、私たちに何かあると、大剣を携えて助けに来てくれる、バリバリ現役の前衛さんだからして、ラーテルさんを寮生としてだけでなく、弟子としてもとっても可愛がっておられるんだよね。ジャンさんはエルクさんと目を合わせ、ほう、と感心しつつ、姿勢を正した。 「前衛はいくら腕を上げても、自分以外のメンバーを守らねばならないからね」  同じ前衛としてってことなのかな? ちょっと先輩ぶった様子でそう言った。ラーテルさんも首を縦に振り、ジャンさんを真っ直ぐ見据える。 「重々承知しています。私の大切な仲間は命に変えても守ります」  その言葉に私の胸はチクリと痛んだ。ラーテルさんが、私たちを大切に思ってくれているのはうれしい。でも命に変えても? って、それは……ちっともうれしくない! 「その考えは甘いな。もし仮にそうなってしまったら、周りのメンバーはどう思う?」  私が言うより先に、ジャンさんが真っ向から彼女の発言を否定した。今まさに私が心の中で思っていたことをズバリ言われて勢いよく顔を上げてしまう。変わってラーテルさんはハッとした表情をして押し黙ってしまった。 「そこで君が相打ちし敵を倒したとして、もし次軍が押し寄せてきたらどうする? 仲間の彼女たちは死期が伸びただけとなってしまうだろう。前衛は何よりもまず自分を守り、加え、仲間を守らねばならない。その責は重い」  ラーテルさんがうつむき唇をかむのが見えて、私はたまらない気持ちになってしまった。確かにジャンさんのお話は正論だし、同じ前衛だからアドバイスで言ってるだけなのかもだけど、それはつまりラーテルさん以外の私たち、ううん。私がすごく弱いって言われているようで……。そこまでダイレクトに言われたわけじゃないし、腕っぷしで言えば、ラーテルさんに私がかなうはずもないんだけど、でも……言わなくちゃ! いてもたってもいられず、私はすかさず手を上げた。
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