むかしむかし(1)

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むかしむかし(1)

「むかしむかしある所に、白く美しい砂浜と、青く輝く海に愛された港町がありました」  昼食が終わり、エルクさんとウルカスさんはそれぞれ片付けと庭仕事で席を立ち、私、レト、サクヤの三人だけ残っている。  部屋の中央、キラキラと上品なクリスタル無数に下がるおしゃれなシャンデリアの下に置かれた、縦長のテーブルの端で朗読している私の声は、がらんとした食堂に、これでもかとこだまする。ちょっと恥ずかしいけど、横に座るレトは茶色の垂れ耳をピンと立て聞き入っている。どうやら興味を持ってくれているみたいだから、もうちょっとがんばってみるかあ……。昼食後、レトにしては珍しく「これ、読んでくれるう?」と手渡された子供向けの伝記。その朗読を続けることにした。 「その町で生まれた、波うつ豊かな金髪と紺碧色の瞳を持つ娘は、生まれつき海の神に愛された証として並外れた身体能力と、虹色の槍、人を魅了する「声」を持っていました。その三の力はネオテールを守るだけでなく、闇に閉ざされた悪魔の心を救い、解放する力を持っていたのです」  今、読み上げている絵本の見開きのページには、白い壁に青い屋根の家々が立ち並ぶ町の前、コバルトブルーの海と、波が打ち寄せる白浜に、後ろ向きに立つ金髪の女性の姿が描かれている。わあ〜! 右手には紅の布が巻きつけられた虹色にきらめく長い円錐型のランス、ヴァンプレイトをたずさえ、全身を覆うタイプの銀色の甲冑を身にまとっている。後ろ姿だから顔は見えないけれど、きっと気高くキレイな人だったんだろうな〜ということが、雰囲気から十二分に伝わってくる。 「ある夜、海の向こうから、山の様に大きな悪魔の眷属がやってきました。多くのネオテールが暮らすこの港町を破壊せんと、恐ろしい悪魔が放ったのです」  ページをめくると、水平線の向こうから黒い影の様な巨人が、港町を今にも破壊せんと手を伸ばす絵が出てきて、お話と分かっていながらも思わず身震いしてしまう。こんなのが夜、街にやってきたら……私だったら怖くてパニックになってしまうだろう。 「悪魔の手にかかり、町が破壊されそうになったまさにその時。娘は一人、浜辺に駆け出し、槍を構え、町の前に立ちはだかり声を上げました。その美しい声は荒れ狂う波を鎮め、眷属の心に届きました。動きを止めた悪魔の眷属に、改めて彼女は問いかけました」 「あなたには正しい心がある。こんなこと、したくはないはずだ」  絵の中の女の人は、虹色の槍を手にしながらも、攻撃せず、砂浜に手を広げ立ち、巨大な悪魔の眷属を見上げている。一方の悪魔の眷属は胸に手を当て彼女を静かに見下ろしている。 「初めてモノではなく、命ある者として扱われたことに涙した悪魔の眷属は、ヒトの心を取り戻すことができました」  次のページには、白い砂浜で彼女と心を取り戻した悪魔の眷属が握手している絵が描かれていて、伝説と分かってはいながらも、私ほっと胸をなでおろす。そして続きを読み上げる。 「彼女の歌声は、戦に疲れたネオテールの心を癒すだけでなく、悪魔の眷属を悪魔から解放し、手懐け、ネオテールを守る力へと変えたのです」  心を取り戻した大きな悪魔の眷属や、ネオテールに囲まれ、歌う彼女の絵。七色の柔らかな光に包まれ、みんなとても幸せそうだ。でもお話はここで終わらない。 「しかし悪魔は怒り、今度は大きな津波を起こし、港町をネオテールごと押し流そうとしました。迫りくる山ほどある高い津波に、町の人々、そして彼女もなす術なく、心が絶望に染まりかけたその時……悪魔の眷属が立ち上がりました。正しい心を取り戻してくれた恩を返すため。そしてネオテールを、彼女を守るため、町の前に立ちはだかったのです。彼女の槍に宿る海神の力を借り、その大きな体はたちまち高い壁となり、波をうち砕きました。悪魔の眷属であった彼は、町の人々と彼女を救ったのです」  手を広げる大きな眷属が、虹色の光とともに町の前に立ちはだかる姿が、逆巻く恐ろしい津波と共に描かれている。命を捨ててまで町と彼女を守ろうとする姿に、私はまた胸がジーンと熱くなり、ちょっと涙ぐんでしまった。横で聞くレトと、正面の椅子に腰掛け、天井を見上げて大アクビしているサクヤに見つからないうちに、こっそり涙をぬぐう。ふう。恥ずかしい! 気付かれなくてよかった! 「眷属は幾たびも押し寄せる大波から町を守り、いつしかその身体は海の底へと沈んでしまいました。しかしその魔力は残り、町を守り、発展させる力となったのです」  最後のページには、薄く描かれた悪魔の眷属が手を広げ、町と海を守る姿と。そして、最初のページにはなかった町の中央に建てられたと思しき、赤い屋根をした白い灯台が描かれている。その灯台の光は真っ暗な闇夜を切り裂き、すみ色した海を黄金色に照らし出している。 「彼女亡き後、今もなお、彼女が手にしていた虹色の槍と、大きな悪魔の眷属の力は闇を照らす光となり、町をそして世界を、守り続けているのです  遥か遠くの水平線まで届くほど、強く美しい金の光をしばらく見つめ……私は本を閉じた。そして小さく息を吐き出く。 「おしまいっと。レト、これがティーナの町の伝説だよ」  本の裏表紙にはまた、夜の海を眺める伝説の女性の後ろ姿が描かれている。その手に虹色の槍はなく、なんだか最初の絵と比べると寂しそうだ。槍と共に海に姿を消した悪魔の眷属のことを想っているのかな……。月明かりに輝くボリュームたっぷりの金色した長い巻毛。大層な鎧姿に似つかわしくない白い肌に華奢な身体。その絵を見ていて、ふとあることに気付いて、耳がピクピク反応してしまった。この人ってば似てる! そう! 美しい金髪の巻き毛って言ったら、誰だかわかるよね!? 「なんかこのお話のセルキーさんって人、レトに似てるよね! ね、レト?」  思いつきとはいえ、素敵な偶然に胸が高鳴り意気込んで、横で机の上に腕組みし、頭を載せ、本を覗き込んでいるレトを見下ろした、んだけれど……あれ? 返事がいつまで経っても返ってこない? 代わりに頭の後ろで手を組んだサクヤが、アクビをかみ殺し、呆れた口調で返してきた。 「寝てるけど?」  え!? 嘘でしょ! 慌ててレトの顔を覗き込む。ほ、本当だあ! てっきりのめり込んで話を聞いてるものとばかし思っていたら! ……突っ伏して、口からよだれを垂らして、熟睡しているだけじゃなーい! 信じられないー! 「もお! レトのばか!」  本好きな私だけれど、いつも黙読ばかりだからして朗読なんて久しぶりだし、人に聞かせられるほど上手なわけじゃない。でもレトが珍しく「オウルさんが行ってる港町の伝説を聞いてみたい」なんて言うから、頑張って読んでたのに〜。レトらしいっちゃレトらしいけれど、なんだか私はがっくり力が抜けてしまい、深ーい溜息をついた。本当はポカッと頭を叩いて起こしたいところだけど、あまりに気持ち良さそうな寝顔だから、そんな気も失せちゃった。まったく、レトが目を覚ましたら、この行き場のない恥ずかしさを味わってもらうために、今度はレトに朗読してもらおうっと! 「なあ、アーミー」  ほっぺを拭くらませ、ぶつぶつ文句を言いながら本を棚に返そうと立ち上がった途端、今度はサクヤに呼び止められて、私は首を傾げ、彼を見下ろした。
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