第一章 バネッサとカクさんの場合

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第一章 バネッサとカクさんの場合

 キャバレー(仏: cabaret)とは、本来はダンスやコメディショーなどパフォーマンスをする舞台のあるレストランやナイトクラブの事である。  ここは繁華街の中心部から離れた場所。よく見ないとピカピカとネオンが付いている様子が分からない。秘密の場所ではない、昔から馴染みのキャバレーだ。この時間にいるのは四人。机を囲んでトランプをしたり麻雀をしたりするのに四人がちょうど良いらしい。遊んでばかりではない、四人は真面目に仕事をするので評判が良いのだ。  まずは私の紹介から。私はこのキャバレーの住人。机の上に乗っているランタンである。  私は特に物語に参加せず見聞きしているだけなのだが、四人は私を五人目と数えてくれる変わった奴らなのでちょっと気に入っている。  人物紹介、ばね指のバネッサの場合  バネッサは介護施設に勤務していた。錠剤を服用するのが難しい人のために、隙間の時間があればペンチで錠剤を砕くという動作を延々としていたら手の指が腱鞘炎になってしまいばね指となった。手の指を曲げたり伸ばしたりする際に抵抗がありばね仕掛けのように動くため通院が必要となった。 (通院して、またペンチで錠剤を砕いて、ひどくなったらまた通院して…人の役に立てそうな事は嫌いじゃないのだけど…なんで最初から粉じゃないのだろう)  病院の待合室でぼんやりしていたら「従業員募集」の文字が見えた。そのポスターを良く見ると、お給料は多く支給できません! 少なくても良い人募集! と書いてあり、 (えー! 正直すぎる!)  こんな見るからに怪しいお店のポスターを貼るなんて、どういう繋がりなのだと受付の人にそっと聞いてみたら 「あら? あなた知らないの。ここら辺じゃ老舗のお店なのよ?」  とニコニコしながら教えてくれた。それに普通、お給料は多く支給できませんに続く言葉は「アットホームです」という言葉なのに、そこに一切触れていない。ただただ黙々と働かされているではないか。キャバレーで過酷に働かされるってどうなの。 「ちょうどいいから今から行ってみたら? そこのおじいさんも多分行くから連れて行ってもらいなさいよ」 「え、今から? キャバレーに?」 「おお、行く予定ではなかったが、わしはかまわんよ。一緒に行こう」  流されやすい気の良いヤツ、断り切れないバネッサは、おじいさんに連れられてキャバレーに来る事になってしまった。    人物紹介、撹拌のカクさんの場合  カクさんは動物に食べさせる飼料を作る係だった。良く混ざるように、機械の中にバランス良く飼料を加えていくが、とにかく量が多い。ある日ちょっと疲れていて「終わらないなあ…」と一気にたくさんの飼料を入れすぎてしまい、ヴヴ…ヴヴヴヴ…機械が動かなくなってしまった。 (あちゃー…久々にやってしまった)  モーターに負荷がかかりすぎると発火するかも知れない、解消しなくてはと棒で詰まっていると思われる場所をグッグッとほぐそうとしたが、飼料の塊が隙間にはまっているらしくなかなか動かない。 (もうちょっと踏み込んでほぐさないとダメっぽいなあ)  カクさんは体勢を立て直してから近づけば良かったのだが、飼料に棒をつっこんだまま一歩近づいてしまった。その時急に詰まりがとれてゴウン! と機械が動き出し、カクさんはバランスを崩して機械に巻き込まれ、しばらく療養が必要になった。カクさんが機械に巻き込まれたのは一回や二回ではなかったが怖くないわけではない。 (さすがに次はちょっと死んじゃうかも知れないな~)  生命保険に加入しているが万が一を想定して加入しているだけなのに、今回でまた傷病の証明書をもらう事になるかと思うと、それも心苦しい。などと考えていたら保険の担当の人が早速やってきた。 「今回もなかなか豪快にお怪我をされましたね」 「私も出来れば怪我をしたくないのですが、ごめんなさい」 「なぜ謝られるのです。お金がっぽり申請してくださいよ」 「その事なのですが…お金の事も申し訳なくて。怪我をしない生き方をしたいのです」 「…え、なんですって! 電車に飛び込むよりは生きている可能性は高いしお金も手に入るし仕事も休めるし、そういうノリでお怪我をされているのではなかったのですか」 「いやいやいやいや、頭と肩と背中を撹拌機に巻き込まれているのです。ノリじゃありませんよ、どこの根性試しですか」 「申し訳ありません、口が過ぎました。それならこの名刺の場所をご紹介します」  もらった名刺にはキャバレーと書いてある。 「ちょうど従業員を募集しているのです」  今の仕事に不満があるという話ではなかったのだが物静かなので時々話が勝手に進んでいく。勧められたからには行ってみた方が良いのだろうなと義理堅いカクさんは、キャバレーに来る事になってしまった。
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