初恋

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 私だってすべてのことをいつまでも覚えていられるわけじゃない。趣味が高じて撮りためた写真。その中だけになってしまった思い出だってたくさんある。  それらを見返しながら、写真の中の思い出を話すのはいつも君の役目だった。  あれはいつの頃だろう。少し頬を膨らませて、珍しく不機嫌になった君があんなことを言ったのは。  ――あなたはいつもフィルター越しに私を眺めてばかり、たまには二人で並んで撮ろうよ。  写真立てを手に取った君が、優しい笑顔を浮かべる。そこに君の記憶はない。私の中だけに沈んだ、遠く甘い恋の思い出。    金木犀の花の前で撮った二人の写真。 「どうして私の写真を取り続けるの?」 「もしいつか遠い日に、すべてを忘れてしまうようなことがあっても、私の愛した人は君なんだと分かるように」 「あら、写真がないと私だって分からないってこと?」 「写真があった方が確実だ」 「いいえ。写真なんてなくたって、思い出なんてなくたって、何度だって私に恋させてみせますよ」  君はあの日、確かにそう言った。  窓の向こうから、ほんのりの初恋の香りが吹いてくる。君はまた私に恋をしてくれるのだろうか。  今年も金木犀が咲く季節が近づいてきた。
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