夏風

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土手に座り込みきらきらと光る川を眺めていた。生温い風が体を包み込んでは流れてゆく。尻に敷いた草は青臭く湿っていた。 一人で座り込む俺に通行人はちらちらと視線をよこす。いつもなら嫌になるその視線が今だけは救いのように感じた。親から否定され学校という世界から排除された異端の自分がこの土手の上では受け入れられたように感じたからだ。 風が吹く 優しく暖かい風が。 湿気を帯びた生温かい風を、多分俺だけが好ましく思っている。 夏の時期だけ訪れるこの風だけが俺という人間を慰める。 悲嘆に暮れているつもりは無いがしかし、人間は矛盾だらけの生物だ。腹の底の底では自分がどう思っているのかも分かりかねる。 女を好きになりたい。普通に生きたい。親に愛されたい。友人と笑い合いたい。 理解し合える誰かを得たい。 人は矛盾でできている。 男が好きだ。普通なんてつまらない。親なんていらない。友人なんてくだらない。 理解など、されたくない。 人は矛盾でできている。 愛したい。愛されたい。 愛など存在しない。 少なくとも、自分の周りには。 空が真っ赤に燃える。 ひぐらしが鳴く。 風が吹く。 水面が光る。 葉が揺らいで、涙が止まらなかった。
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