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1 発端
探偵館が外部と連絡が取れず閉鎖空間と化して四日目の朝。
赤星探偵事務所の二代目所長赤星錬太郎は同館二階の使用人室のベッド上で胸に短剣が突き刺さり血を流して倒れている使用人の一人、青仮面を被ったリンカを呆然と眺めている。
窓から差し込む陽だまりがまるでスポットライトのように彼女の体を照らしている。その下で胸から流れ出し既に凝固した血液の赤色がアクセントとなっている。
赤星は腕を組んでいる。その横で彼の助手である冬香が怪訝な表情を向ける。
「これで三人目ですね」
「そうだな。これで三人目だ。連続殺人事件なのは明らかだな」
赤星はそう言って、ドアを閉める。
リンカは三人目の犠牲者だ。
閉鎖空間ミステリーに倣うように二日目に赤仮面のミア、三日目に緑仮面のアスロッカがそれぞれ自室で倒れているのが発見された。手口はリンカと同じ、胸を短剣で一突き。
「先生? 残ったのは先生と私だけですよ?」
「何が言いたい?」
「この場合……私か先生のどちらかが犯人ってことになりませんか?」
ここ、探偵館の使用人は三人。来訪者は赤星と冬香の二人。
「君は犯人なのか?」
「ご冗談を」
「そうだよな。俺も違う。ということは、どういうことだ?」
「えっと」
冬香の答えを待たずに赤星は言う。
「外部犯の犯行。つまりここ探偵館には俺たちが知らない人間がいるということだ。それしかないであろう」
赤星は腕を組んだまま深く頷く。まるで自分の解答に絶対の自信があるかのように。
「……ですよね」
冬香は不安そうに目線を廊下の窓の外に向ける。
鳥の囀りが聞こえる穏やかな朝だった。
探偵館の歴史は比較的浅い。
世界中の探偵にまつわる文献や実際に使われたとされる道具などの資料館として開館したのが約二年前。
小説や映画の影響で訪れるファンも多く、アニメなどとのコラボによるグッズ販売も好調でこのまま推移すれば二号館の建設も現実的になるという。月に一度更新される作家たちのコラムはミステリー界の話題の一翼を担っている。一部のコーナーでは隠し扉や回転扉を体験でき、探偵小説の世界を味わうことも出来るとあって、大型連休では自由研究のために多くの子供たちも足を運ぶ。
赤星探偵事務所への招待状が届いたのは約一か月前。実際の探偵としての仕事をインタビューして次回以降に特集を組みたいと書面にはあった。ちょうど孤島で起きた殺人事件を解決した後だったので快く引き受けた。冬香にとっては助手としての初めての事件だった。ちなみに彼女は助手四代目である。助手の入れ替わりが激しいのは仕事故致し方ないことでもある。
インタビューは二日に渡って行う予定だった。初日に軽く話をしてその日は宿泊し、二日目でさらに深く質疑応答をし夕方には辞することになっていた。その間は閉館するので客が来ることはない。
鬱蒼とした森に囲まれた県道で一時間に一本のバスから降り、森に向かってさらに歩くこと一時間。目的の探偵館は見えてくる。
二階建ての建物の外壁は鮮やかな朱色。英国貴族が住んでいそうな大きな門を通った先にある玄関を抜け、ロビーで彼らを出迎えたのは白いドレスを着た仮面を被った三人の使用人だった。
『ようこそ探偵館へ。お待ちしておりました』
赤色の仮面を被った使用人ミアが言った。背が高くスラリとしたスタイルが良い女性で左肩の上に結った黒髪がそっと乗っている。
『まあ! 赤星様! 噂はかねがね聞いておりますわ!』
青色の仮面を被った使用人リンカが言った。彼女は三人の中で一番背が低く、茶髪を両サイドにおろしている。
『二日間、お世話になります。まずは旅の疲れを癒し下さい』
最後に口を開いたのが緑色の仮面を被った使用人アスロッカだ。ショートヘアを耳にかけ、三人で一番優雅に礼をしてみせる。
『おお! すごい気合の入りっぷり!』
『ふふ、冬香さん。あなたの活躍も聞いておりますわよ。何でも事件の重要な手がかりに気づいたとか』
『そ、そんなことないですって!』
リンカと冬香の団欒を遮るように赤星が言う。
『して、その仮面は何のつもりかな?』
素顔を見せないことに苛立ちを覚えたらしく、若干語気に怒りが滲んでいる。
『ここは探偵館。稀代の探偵を迎えるための礼儀です』
探偵小説に仮面の住人はつきものであるから、この対応はある意味粋であると言える。
『小説の探偵と現実の探偵は違うのだがな』
一言文句を言うだけで、それ以上咎めることはなかった。
ロビーの先は展示エリアになっていて各資料などが展示されている。休館中であるのでスポットライトは消され場内はひっそりとしている。その脇に応接室へ続く狭い通路がある。普段は関係者以外立ち入りを禁じているのだが今回はその立て看板は脇で休息中だ。
二階への階段を上がると廊下が左右に伸びていてその先は角になっている。左廊下の先に使用人たちの部屋があり、右廊下の先に来客専用の寝室がある。
赤星たちは来客専用の寝室に通される。もちろん赤星と冬香で別部屋だ。
『別部屋なんでアリバイの立証が難しそうですね』
冬香の言葉に赤星はムッとした表情で返す。
『冬香くん……そのような軽はずみな言動は慎みなさい。その緊張感の無さは前任の桜子にそっくりだ』
今度は冬香がムッとする。赤星は何かと前任の助手たちと比べたがる。
二人はそれぞれ荷物を置いて応接室に向かいインタビューを受けた。到着したのが十五時を過ぎていたこともありインタビューが終わる頃には夕刻を過ぎていた。その後は洒落たつくりの食堂で夕食を食べ、それぞれ部屋へ戻って就寝した。
そして翌日、事件は起こった。
赤仮面のミアが起きてこないことを不審に思った緑仮面のアスロッカと青仮面のリンカが部屋を訪れると、ベッドの上で短剣で胸を一突きにされたミアを発見したのだ。
『お前らのどちらかじゃないのか?』
現場を見た後、赤星は不機嫌さを隠しもせずそう言い放った。非番の探偵は対して推理をしようともせず俺たち二人にお前らを殺す理由なんてないから必然的にお前らのどちらかが犯人である、の一点張りだった。
『そ、そんな……わたくしたちではございませんわ!』
青仮面のリンカが言うも聞く耳を持たない赤星だった。
緑仮面のアスロッカの提案ですぐに警察に通報しようとしたが、電話は沈黙したままでウンともスンともいわない状況になっていた。犯人による工作は確実に探偵館を蝕んでいたのだ。しかも各人の携帯端末は揃って圏外の表示。まるで探偵小説のように探偵館はこうして閉鎖空間と化した。
二日目は各人がほとんど自室に引きこもって過ごした。備蓄していた食糧を食べそれぞれが不安の夜を過ごした。
三日目、緑仮面のアスロッカが同じように自室のベッドで倒れていて、否応なくこれが連続殺人事件であると生存者たちに思い知らした。赤星はお前が犯人だったのかと青仮面のリンカに迫ったが、リンカは取り乱しながら喚き散らした。
『赤星様! 私ではございませんわ! 何故二人が殺されたのか本当にわからないんですか!? 今度は私が、私が……私がああああ!』
こうして青仮面のリンカは四日目、他の二人と同じ運命を辿ることになる。
「先生……先生は犯人ではないですよね?」
「お前、正気か?」
使用人が全員いなくなった探偵館の応接室で赤星と冬香はソファに座っている。彼ら以外この館には誰もいない筈なので、辺りから物音はせず静まり返っている。相手の鼻息が聞こえてきそうな静寂がしばらく続き、それを切り裂いて質問をした冬香をギロッと鋭い目で睨む赤星。
「何故俺が初めて会った素顔も知らない仮面の使用人三人を殺さなくてはならないのだ? しかも俺は探偵だぞ? 探偵が犯人など小説の中でしかあり得ない話だ」
赤星は数拍置いて、続ける。
「着眼点が違うのだよ。その観察力・洞察力のなさは前々任の夏鈴にそっくりだ。窮地に陥ると冷静さを欠く点は初任の亜実にそっくり――」
「もういいです! たくさんです!」
冬香はバッと立ち上がり赤星に言い放つ。
「そうやって比べるところ、私、大嫌いでした! もうたくさん! 先生の助手を辞させてもらいますっ!」
「ああ。勝手にしろ。ちょっとはデキると思っていたが所詮その程度の器。俺の助手など百年早い。ここを出たら消えろ」
冬香は目に涙を浮かべながら応接室を辞そうとする。
「忠告だ」
その背中に赤星が言う。
「犯人は外部犯だ。どこから部屋に侵入してくるかわからん。施錠はしっかりとな」
「…………」
その言葉に何も答えず冬香は部屋を後にする。
赤星は今後のプランを考えるため自室に戻る。
探偵館での四日目がこうして過ぎていく。
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