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「アナグラムってのはどう?」
薄暗い室内で四人の女性が向かい合って話している。それぞれ亜実、夏鈴、桜子、冬香である。
冬香が紙に字を走らせる。それを残りの三人が覗き込む。
「いいね冬香ちゃん! MIAか。じゃあ赤仮面のミアで」
亜実がうんうんと頷く。
「RINKA……いいわね。青仮面のリンカ」
夏鈴もうんうんと頷く。
「二人は可愛いけど、私なに? ASUROKKA……アスロッカって?」
桜子はぷいと拗ねたように言う。
「ごめんなさい桜子さん……その、これしか思い浮かばなくて」
「ふう……まあいいわ。緑仮面のアスロッカで」
こうして探偵館での呼び名が決定した。
亜実、夏鈴、桜子は赤星探偵事務所を解雇された後、その助手としての腕を買われ探偵館の使用人になった。無能な探偵ボンボンの代わりに事件を解決に導いてきたのでその噂は業界でもそれなりに知られていたのだ。
「本当にやるのよね」
全員の意志を確認するように亜実が言う。それに異論を唱えるものなどいない。
「私達、人殺しになるんだ」
冬香がポツリと言う。
「誰が言い逃れ出来るか……勝負する?」
亜実が悪戯っ子のような笑みを浮かべる。
「亜実……それはまたの機会にしましょう。今は無能探偵の排除を優先」
桜子が続ける。
「全体の流れを確認しましょう。冬香は予定通りターゲットと探偵館に来る。私たちはそれぞれ仮面を被って出迎える。一日目は適当に過ごして二日目、まず亜実が自室で短剣が胸に刺さって死亡」
亜実が頷き、口を開く。
「血糊のストックもあるから問題ないと思うけど、近づかれて脈でも取られたらいくら無能でも気づくわ。しかも短剣刺さってないし」
すかさず冬香が言う。
「任せてください亜実さん。私が『明らかに死んでますよ』と納得させるので」
桜子が続ける。
「三日目に私、四日目に夏鈴、そして五日目に冬香がそれぞれ亜実と同じ形で死亡」
夏鈴が手を挙げる。
「五日目、冬香ちゃんが死亡したとき流石に近づいて脈とるんじゃないかな? 大丈夫?」
ここもすかさず冬香。
「恐らく問題ないかと。あの人は二回続くと連続殺人だと決めつけると思うので三人目からは遠目で確認するだけで終わると思います」
「へえ、そこも変わってないのね……ほんと無能」
夏鈴が吐き捨てるように言う。
「死亡したら深夜にこっそり隠し部屋とかに身を隠す。途中で見つかったら台無しだから注意して。特に冬香。一番難しいと思うけど大丈夫そう?」
桜子の問いかけに自信たっぷりと頷く冬香。
「問題ありません。あの人の気配はバカみたいにわかりやすいので」
「冬香ちゃん……相当溜まってそうね」
亜実の問いかけに首を振る冬香。
「先輩方に比べたらまだまだですよ!」
さいごに、と桜子が続ける。
「ターゲットを殺害。死体を処理して妨害電波を解除して終了ね」
計画に抜けがないか話し合う四人。
冬香が計画終了後について言う。
「全てが終わったら、先生は行方不明ってことにします。誰も無能探偵がどこに行ったかなんて気にしないでしょうから。ほとぼりが冷めたら皆さんを歓迎しますよ。美女探偵団結成です。ネーミングは一人怪しすぎるアナグラムを名乗らざるを得ない桜子さんに任せます」
「いいの? やった! そうねえ……」
桜子は早速ネーミングを考えている。
「それにしてもアスロッカか……さすがにバレないかしら?」
亜実の不安を打ち消すように夏鈴が言う。
「亜実さん! あの人が今までアナグラムがどうとか言ったことあります?」
「……ないわね」
談笑する四人。これから殺人計画を実行するとは思えない余裕ぶりだ。
「探偵館で無能とはいえ現役の探偵を殺害するなんて、小説だったらアンチミステリーよね」
桜子の言葉に違いないわね、と亜実。
「では、成功を祈って乾杯しましょう」
亜実の音頭で夏鈴がシャンパンを開け、それぞれのグラスに注ぐ。か弱い照明のもとだが炭酸の細かい泡が成功を予言するように軽やかに弾ける。
「絶対成功させましょう。必ず成功するわ……なんといっても――」
一拍置き、亜実は言う。
「私達は優秀な探偵だから」
グラス同士がぶつかる音がここ、探偵館の隠し部屋に小気味よく響いた。
完
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