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「ねぇ、さっきの数Ⅱの板書の写し貸してくれる?」
なんでそいつにノートを借りに行くのか。
いつもサユの事、悪く言ってるやつなんだけど。鈍感すぎ。
サユは案の定「私も書けてないからごめんね」と、断られていた。
「俺が貸すよ」
次は誰に声を掛けようか迷っている彼女に自分のノートを差し出す。
二重の大きい瞳が俺を見た。睫毛は長く、手足も長い。細く黒い髪はサラサラで笑うと可愛い。花がふわっと開いた瞬間のような安らぎを与える笑顔。大概の男子の目を惹く容姿をしているのに、女子の中で浮かずに過ごそうと思うのが無理な話だ。
「え、コウの?」
「俺のでいーだろ」
サユは不服そうな声をあげて、俺から渋々ノートを受け取った。
「仕方ないから借りてあげるよ」
素直じゃない。
「誰も貸してくれないくせに、強がるなよ。お礼を素直に言えないサユの性格、きらい」
「言われなくても分かってます。私もコウの事はきらいだから、安心して」
素直じゃないのは俺も一緒だ。
小学生から一緒に居て、お互いの事を、きらい、きらい、と罵りあってきた。今更どんな顔をして本心を伝えたらいいのか、伝えられるのかも分からない。
サユは俺からノートを受け取って、席についた。
自分のノートに数式を書き写している。今日、サユの好きなメロンパンは売り切れだった。毎朝、開店前に高島パン店に並ぶ。目当ての物を手に入れられるのは1週間に1回ぐらいだ。その時は清々堂々とサユの教科書を奪うことが出来る。
授業を全く上の空で、窓の外ばっかり見て、いつも掴み所のない彼女。団体行動が苦手で、いつまでたっても集団に馴染めない。その生きづらさは俺にもよく分かる。
幼い頃にサユの母親がADHDについて、俺の母親に相談していた事がある。買い物に行っても落ち着きがなく迷子になる。多動性が著しい、と。結局その話はうやむやになったけれど、俺はひょっとしたら自分もそうなんじゃないか、と思う時がよくある。
授業中、全校集会、団体行動中なんか特に。
息苦しくて仕方がない。
早くこの場所から立ち去ってしまいたい、と強く思う。思うけど、サユみたいに現実逃避する勇気もないから、合わせる振りをしている。まともに合わせている、振り。
そうやって自分を説得しながら生活している。
いつか、息がしやすくなる場所がある事を期待して。そして、どこを探してもそんな場所はない、と見つけられない度に落胆して、生きている。
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