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マンションの空き室に客を案内した日は、よく晴れていた。もし雨だったなら、彼女の決断は変わっていたかもしれないと思うと、お天道様に感謝を捧げたくなるというものだ。
「この部屋に決めます!」
明るい室内をぐるりと見回し、彼女は即決した。振り返った拍子に髪の毛がふわりと揺れた。控えめに染めた茶色の髪がよく似合っている。
「いいのかい? 他の部屋を見てから決めてもいいよ。急がないんでしょ」
やった、決まりだ! と思うと、口元が緩む。あまり嬉しそうにすると、怪しく思われるかもしれない。首からぶら下げているネームタグのねじれを直していた手を止めて、愛想よく心にもないことを口にした。
「そうですね。今は実家にいるので、家探しの期限がある訳じゃないですけど」
彼女は女子大を卒業し、春から働いていると言っていた。
「そう言っていたよね。でも職場まで通うのに……どのくらいかかるの?」
一時間半。もちろん、覚えている。先ほど九枝不動産の事務所で彼女から聞きとり、手に持っているクリップボードに挟んである用紙に情報を書き込んだばかりなのだから。
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