咖喱の香り

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 写真館を後にした二人は、金兵衛に連れられて、本町通りから道を少し停車場方面へ戻り、馬車道と呼ばれる通りに入った。そこでは、道の両側に洋食屋が軒を連ねていた。 「華人の料理も美味いんだが、ここは外国人用のホテルで洋食を学んできたシェフたちが構えてる店だから。吉岡くんもカレーは食べたことあるだろうけど、ぜひ味わってほしい」  金兵衛が入った店は『開港亭』という店で、中はどしりと重たそうな、黒い光沢を放つ食卓に、革張りの椅子が四脚ずつ据え付けられていた。薄い白の窓帷(カーテン)を通した光が、店内を柔らかく照らしていた。 「カレー。三皿」  他に料理はあっただろうが、金兵衛先生の推しにより、昼食はその一択だった。  三人は料理が運ばれてくるまで黙って座っていた。まだ少し早い時間のため、客は彼らだけで、厨房からの音が聞こえてきていた。  まだ暗い表情の二人に、金兵衛が尋ねる。 「二人は、今いくつだい」  正一と葵は顔を上げ、一度お互いに目配せした。 「僕は十六です」 「自分は十七です」 「そうかあ」  金兵衛の頬が緩んだ。 「私は、今の君らと同じ年頃で家を飛び出して、東京に出てきたんだ。ありゃ、安政四年だったかな」  それは二人が聞いたことしかない年号だった。
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