355人が本棚に入れています
本棚に追加
序章
ハキーカ暦三〇〇五年 クイーンティーリス
「ああっ! 消えちゃいました……」
星が、青藍の空に線を描き一瞬で消えた。
その日は見事な星月夜だった。月のない空に散る幾千もの星が、幼い二人の上で命を燃やし輝いていた。
「流れ星さん、おねがいを言うには速すぎます」
サンドリーム城の物見台で横になっていたエフェメラは、気落ちしながら文句を言った。隣にいたディランが訊く。
「叶えたいことがあるの?」
「はい。早く来年のクイーンティーリスになりますようにって、おねがいしようとしたんです」
「ふーん。どうして?」
「それは……」
もちろん、また早くディランに会いたいからだ。エフェメラの国は遠いので、年に一度、夏の月クイーンティーリスにしか会えない。期間も七日間だけの決まりだ。
「ディ、ディランさまには、ひみつです!」
照れ臭くて素直には言えない。ディランは残念そうにほほえんだ。
「そっか。秘密か」
「また流れるといいのですが。流れたら、ディランさまも一緒におねがいをしましょう。何か叶えたいことはありませんか?」
「おれが叶えたいこと? そうだなぁ……」
ディランは星空をしばらく眺めた。そして言った。
「フィーは、いつも、すごく幸せそうに笑うよね」
話が変わった気がして、エフェメラは目を瞬かせた。
「そうでしょうか」
「うん。フィーの笑顔は、その……とってもすてきだと、おれは思う」
エフェメラは顔が熱くなった。ディランも恥ずかしかったのか、耳が赤くなっている。幸せそうに笑うのは、たいていディランが影響しているのだが、気づかれてはいないらしい。いつも笑顔でいようとエフェメラが決意していると、ディランがぽつりと言った。
「もし……もし、おれが王子になったら、できるかな」
何がと問う前に、おかしなことを言うなとエフェメラは思った。
「ディランさまは、もう王子さまではないですか」
「ああ――そうだった」
ディランは誤魔化すように笑ったが、エフェメラは首を傾げた。王子だということを忘れていたのだろうか。
ディランは笑うのをやめ、右手を天へ伸ばした。燦然と輝く星空に、まだ小さな手の平をかざす。
「もし……もし、みんながフィーみたいに笑えたら、それが一番幸せなんだろうな。おれの家族と友達だけじゃなくて、この城の人も、フィーの家族も、サンドリームの国民もスプリアの国民も、みんなみんな、笑顔でいられるなら、それがきっと、一番幸せなんだろうな」
まるで自分ができることを確かめるように、ディランは広げていた右手を強く握り締めた。
「おれが叶えたい願いは――」
最初のコメントを投稿しよう!