1-1 第三王子の噂

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 ベルテは丁寧な物腰で去っていった。エフェメラは与えられた広い部屋を見渡した。その時、体の横を二人の女児が駆け抜ける。 「ひっろーい!」 「なかなかきれいじゃない」 「窓おっきいー!」 「部屋がいくつもあるみたいね」 「全部きらきらしてる!」 「さすがサンドリーム。お金はあまってるのね」  エフェメラについてきていた侍女たちだった。名はローザにヴィオーラ。双子の姉妹で、まだ五歳である。面立ちは(うり)二つ、背の高さも二つ結いの髪型も、着ている子ども用お仕着せまで同じだ。  唯一外見で違うのは髪色だ。ローザが薄桃色、ヴィオーラが(むらさき)色をしている。 「はしゃぎすぎて部屋の物を壊すんじゃないぞ」  続いて男性の低い声がした。ローザとヴィオーラ同様、ともにサンドリーム城へ来た騎士ガルセクだ。エフェメラがスプリア王国から連れてきたのは、ローザとヴィオーラ、ガルセクの三人だった。  エフェメラは部屋の中を確認せず長椅子(いす)に腰を下ろした。思いのほか体が沈み、「まあ、ふかふか」と喜ぶ。立ったり座ったりを繰り返し感触を楽しんだ後、気分が落ち込んでいたことを思い出し、やめた。 「元気がございませんね」  ガルセクが気遣った。ガルセクは十八歳にして剣の腕がスプリア王国(いち)だ。スプリア城の警護にあたっていたためエフェメラとも親しい。独身でスプリア王国を離れても問題がないということで、今回のエフェメラの結婚にあたり騎士に大抜擢(ばってき)された。  背が高く体格も良いガルセクは、並みの者が安易(あんい)に向かってこない雰囲気を持つ。しかし内面は穏やかで優しい。エフェメラの良き相談相手になってくれることが多かった。 「ディランさま、お出迎えをしてくださらなかったわ。隠れてる、って。そんなにわたしに会いたくないのかしら」  これまでは毎年出迎えをしてくれていた。特に今日は三年ぶりの再会で、当然出迎えられると思っていた。 「エフェメラさまは、王子殿下のお話になるたびに、複雑そうにされますね」 「そりゃあ、ね。同盟の決まりのうちだから毎年会いに来てたけど、ディランさまったら、話しかけてもそっけないし、用件がある時以外わたしに近づいてこようともしないし」  一年に一度、夏の月クイーンティーリスに、七日間だけ滞在する(なら)わしだ。 「短い期間に申し訳程度にすることといえば、会話のない食事が二回と、笑顔のない踊りが一回だけ。言葉にされなくても本心ではわたしと結婚したくないんだってわかるんだもの」  エフェメラが幼い頃は、ディランの態度はいまと違った。優しかった。楽しくお喋りをし、一緒に庭の花を見たり星を眺めたりと、仲良く過ごした。  四度目の夏、エフェメラが六歳の時に再会すると、ディランの中身が変わっていた。冷たい態度を取られるようになり、何か嫌われるようなことをしたのか尋ねても『何も』とはぐらかされるばかりになった。 「きっと、冷たい結婚生活になるんだわ」  物憂(ものう)げなエフェメラに、一通り部屋を見終えたヴィオーラが声をかける。 「『出来の悪い第三王子』と結婚なんて、いまからでもやめたほうがいいと思いますわ」 「出来の悪い、って」 「だって、そううわさされているのでしょう? 勉強もしない、剣もふらない、あそんでばかりのふまじめ王子だと」  ディランの国民からの評判は、実に悪い。他の王子たちが責務を(まっと)うしていることもあり、『出来の悪い第三王子』と(うわさ)が広まっている。 「そんな……。ディランさまは、ただ、普段から勉強をしないでお城の外へ遊びに行ったり、剣術も弓術も馬術もしないで、(なま)け続けているというだけよ」 「それを『出来の悪い』って言うんです!」  ヴィオーラは(まゆ)を吊り上げる。五歳にしては、ヴィオーラはかなりしっかりとした女児である。 「エフェメラさまと結婚するなら、あたまが良くて、強くてやさしくて、ゆうきがあって、国民の人気者で、しかもまじめでいちずな人じゃなきゃいけないと、ヴィオーラは思います」 「そんな人いるかなぁ」  ローザが椅子の横から割り込んできた。立ったまま、(ひじ)置きに小さな両手で頬杖をついている。 「ヴィオーラだって、勉強はできるけど、かけっこは苦手でしょ?」 「なによローザ。なにが言いたいのよ」 「人にはそれぞれ、苦手なことがあるんだよ。なにか一つでも良いところがあれば、それでいーの。第三おーじにもいいところはありますよね? エフェメラさま」 「それは、もちろん」  エフェメラは大きく頷いた。 「見た目がね、とってもかっこいいの! 大陸中で、一番ってくらいに!」  ローザとヴィオーラがそろって呆れ顔になった。幼い二人に(さと)されているようで、エフェメラは空咳をしてから言葉を足した。 「ほかにもあるわ。礼儀正しくて、清潔感があって、踊りは正確。衣装(いしょう)選びの感性も良いし、それに――」  言葉が途切れた。本当は、良いところと訊かれて真っ先に思い浮かんだのは『優しいところ』だった。いまは変わってしまったため、答えられない。 「まあ……そんな、ところかしら」 「ほらヴィオーラ。第三おーじにも、良いところあるって。エフェメラさまと結婚してもだいじょうぶだよ」 「だいじょうぶじゃないわよ! 苦手だからって、勉強をさぼるような人はだめなんだから!」 「いいじゃない苦手なら」 「よくないわよ!」  ローザとヴィオーラは頬を膨らませ(にら)み合った。双子の小さな喧嘩はいつものことだ。気づけば勝手に仲直りしている。ガルセクが励ますようにエフェメラに言った。 「いまはとりあえず、エフェメラさまも部屋をご覧になってはいかがですか? 衣装室に、エフェメラさまのドレスが運び終えてありますよ」  『衣装室』に興味が引かれた。いまエフェメラがいる部屋は、応接室を兼ねた談話室だ。続き部屋が二つあり、片方は部屋付き使用人が使う部屋へ(つな)がる。(のぞ)くと短い廊下があり、左右に小部屋が用意されてある。 「使用人一人に一部屋なんて、すごいですよね。さすがサンドリーム王国です。ローザとヴィオーラに一部屋ずつは、まだ早いかもしれませんが」  ガルセクのほうは、後ほど王国騎士団の宿舎に案内される予定だ。  もう一方の扉は意匠を()らした造りになっていた。金色の取っ手を引くと、女性らしい家具で溢れた、談話室よりもさらに広い部屋がある。角に丸みを帯びた可愛らしい机に、座り心地の良さそうな背もたれ付き幅広椅子、冬が待ち遠しくなる煉瓦の暖炉もある。この部屋からが、完全なエフェメラの私的空間らしい。  広い部屋の奥にはさらに三つ、扉があった。それぞれ、衣装室、浴室、寝室となっていた。衣装室もじゅうぶんに広い。持参したドレスが綺麗に陳列されている。壁沿いにある化粧台も宝飾棚も一級品だ。高値の張る(ゆが)みのない全身鏡まである。  まさに万全だった。エフェメラは気分が(ふさ)いでいたことを忘れた。 「なんて、すてきな衣装室なの」  ガルセクがほほえむ。 「エフェメラさまは、気に入ると思いました」 「これからこの部屋で、四人の生活が始まるのね。楽しみだわ」  言い方に違和感を覚え、ガルセクがきょとんとする。 「四人の生活?」 「ええ。このすてきで広いお部屋が、わたしたち四人のこれからのお(うち)。使用人部屋の一つをローザとヴィオーラが使って、もう一つをガルセクが使えばいいでしょう? ローザたちはいつも一緒の寝台で眠っているし」 「…………ええっ!?」
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