花人形

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 駅前商店街の一角にある小さな花屋が栄由香(さかえゆか)の経営する店だ。元は祖母の店だったのを由香が前職を辞したときに譲り受けたもので、最初は花の名前もまともにわからなかったのが三年も絶てば大分様になった。  五月は母の日もあって店の中も華やぐ。ポピー、マーガレット、カーネーション。色とりどりのパステルカラーが店内を埋め尽くすのだ。  最近、由香には待ち望む客がいた。  「こんにちは、花屋さん」  店表に現れたのは、まるで雑誌の中から抜け出てきたかのようなモデル顔の青年だ。歳は由香と同じ二十半ばぐらい。手首まできっちり覆う長袖シャツやジーパンの上からもわかるすらりとした体躯、長い手足。浮べぶ笑顔はぎこちなく、どこか冷めていた。  「いらっしゃい(すみれ)さん。今日はアスチルベですよ」  菫と呼んだ青年に由香が差し出したのは、ふんわりと泡が集まったように花咲く真っ白なアスチルベ。青年は黒手袋に覆われた指で由香の差し出した花を受け取ると、顔に近づけて、そうしてぱくんと形のよい唇の中へと放り込み食んだのだ。
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