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支度を終えてリビングに向かうと、もうすっかり耳に馴染んでしまった曲が流れていた。
母さんが朝食の準備をしながらキッチンとリビングを忙しなく行ったり来たりして、だがその目はしっかりとテレビの画面を捉えている。
·····ああ、これは。
「あらマサ、おはよう。あ、ほら、ヒロくんとイチくん映ってるわよ!相変わらずかっこいいわホント!」
両手を合わせながら頬を染める母親は、まるで少女時代にタイムスリップしたかのようにきゃっきゃとはしゃいでいる。
短い溜息をついて椅子に腰かけ、こんがり焼けたトーストに齧り付くと上に乗せられたトロトロのチーズが糸を引いた。
「新曲が月9の主題歌に決定ですって!やだあ、楽しみ!」
咀嚼しながら横目でテレビを観る。
画面いっぱいに映るヒロとイチは、鮮やかな光の粒を纏ってきらきらと輝いていた。
随分と遠い存在になってしまった大事な親友。
──────あの2人が、今やトップアイドル、なんて。
いったい何の冗談だと、腹の底から笑いたくなる。
ヅラ疑惑のあった校長の髪を、「オレが真偽を確かめてやる」と言って果敢に掴みにいったヒロ。校内をスケボーで爆走し、鬼のような顔をした教師から追い回されていたイチ。
そんな悪ガキだった頃の無邪気な笑顔と、アイドルとなった2人がファンに向ける王子様のような甘い笑顔。重なって見えるのに、それはもう全く違うものなのだ。昔の姿を思い出せば思い出すほどネガティブな思考に陥りそうになって、吹き飛ばすように頭を軽く振った。
最後の一口を放り込んで、冷えたカフェオレで喉の奥に流し込んだ。
「あ、マサ!あんたそろそろ行かないと」
「わかってるよ。行ってきます」
ちらりとテレビに目をやれば、液晶の向こうの2人がアイドルらしい笑顔を振り撒きながら、こちらに向かって手を振っていた。
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