世界一のカードゲーマーは異世界でも無双することになりそうです。

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= 世界一のカードゲーマーは異世界でも無双することになりそうです。 = ♪~♪~♪~。 定時を告げる社歌が流れる。 「お先に失礼します。お疲れ様です!」 「おっ、おお。三上、お疲れ様。どうした?なにかあったのか?」 「えーと・・・。もう定時なんで、たまには早く帰ろうかと・・・。」 課長の怪訝な顔に少したじろぐ。 「・・・。」 「・・・。」 数秒の沈黙。 「おう!そうか。たまには息抜きも必要だな、お疲れ様!」 「お疲れ様でした!」 ほっと息をつき、事務所の扉をそっと閉めると、駆け足で駐輪場のほうへ向かった。 「お疲れっすー。ってあれ?三上さんどうしたんすか?」 声をかけてきたのは5つ下の後輩、田村だ。今日は契約を取れたのだろう。声が少し明るい。 「田村、課長と同じことをきくな。俺が早く帰るのが、そんなにめずらしいのか?」 「うーん。めずらしいというか、なんというか・・・。だってこの会社、定時に帰るやつなんてほとんどいないじゃないですか?ブラックの代名詞みたいなとこですよ。三上さん、2chに書き込まれたうちに対する評判、みたことないんすか?」 「・・・。なんていうか、あらためて身内にきくと、しみじみとうちのヤバさを感じるな。確かに1年目は死にそうだったけど、5年目ともなると、な。いろいろ鈍感になってくるんだよ。ははっ。」 「ははっ。三上さんドMですからねー。ダク〇スさんばりの!超薄給。その上昇給も出世も見込めないこの会社によく5年もいられますねー。」 「それは3年もいるお前にも当てはまるんだと思うんだが・・・。」 「ははっ。そうっすねー。でも自分の場合は、三上さんがいるっていうのが大きいっすかね。」 「はっ?今最後のほうが聞こえなかったんだが・・・」 「うるせーすよ。うるせー。うるせー。で、三上さんが早く帰るってことは、やっぱり Hope 関連ですか?」 「ああ、まぁな。今日は限定パックの発売日なんだよ。」 Hope。正式名称 Hope of God は、かつて世界で最も人気のあったTCG(トレーディングカードゲーム)だ。ウォーカーと呼ばれる自身の分身にカードの効果を重ねて強化(エンチャント)し、相手ウォーカーを攻撃。それを繰り返し行い、相手ウォーカーのライフポイントをゼロにすることで勝利となる。 「うげぇ。やっぱHopeすか。自分思うっすけど、Hpoeのプレイヤーって、ドMしかいないと思うんすよー。あんな数十万種類のカードの中からデッキを組んで、さらにゲーム中に適切な組み合わせを考えるって、鬼畜すわ。自分も三上さんに習って、2年ぐらい本気でやってみましたけど、全然ダメでしたもん。」 「いや、そこが面白いんだろ。」 「えー。いやいやいや。普通の人はそうじゃないですって。」 Hope最大の魅力は、カードプールの多さとエンチャント効果の多様性だ。通常のカードゲームは特定のデッキに勝率が集中するため、環境上位のデッキを使用しなければ大会で入賞することはできない。しかし、Hopeは、発想次第でどんなデッキも組めるし、プレイング次第でどんなデッキにも勝てる。TCGプレイヤーにとっては、理想のゲームではないだろうか。・・・。少なくとも、俺はそう思っている。 「そもそも、プロリーグの世界大会で三上さんが5連覇もするから、不正だとか癒着だとか、なんかいろいろ炎上して、Hope人気が激減したんじゃなかったでしたっけ・・・。そのせいでプロリーグも解散になりましたし。やっぱ三上さんパネェす!!尊敬します!」 パチン。俺は黙って田村にデコピンした。 「ってーー。いたー!」 「お前おちょくってるだろ。まぁ、俺も大学の学費とかで、そのときは必死だったんだよ。」 ヴィ~ン。ヴィ~ン。 スマホが震える。発売開始10分前の合図だ。 「おっと、俺は帰るから。じゃあな。」 「あっ、待ってくださいよぅ。三上さんデコピンしたー。パワハラだー。内部通報窓口に電話してやるぅ。ってやばっ。うちの会社にそんな社員思いな窓口はなかったー。なんというブラックぅー。いや、最早漆黒ぅー!!」 後ろで叫ぶ田村を無視し、俺は自転車に飛び乗ると会社をでた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー カランカラン。 「店長。予約していたボックスは、届いた?」 「あっ、三上君!届いているよ。はいこれ!1万円なり~。」 「えっ?これ確か定価は2万円なんじゃ?」 「三上君はうちの広告塔だからねー。それと今日誕生日でしょ。だから今回は半額で大丈夫。」 「店長~!え~とちょっと待ってください。って、あれっ?」 ・・・。ヤバっ財布がない。 「・・・。」 「・・・。」 「すみません!すぐ戻ります!」 カランカラン。 「あっ。三上くん!」 やべーっ。どうしよう。財布、会社かなぁ? 「三上さん!三上さぁ~ん!!」 あれっ?なんか田村の声が聞こえる。やばっ。焦りすぎてついに幻聴が・・・。 「三上さん!三上さぁ~ん!!お財布!お財布です!忘れてますよー。小汚い財布!」 って、この失礼な物言いは、間違いなく田村だ。 声のするほうへ振り返る。 すると、田村が横断歩道を走ってこちらに向かってくるのが見えた。やはり持つべきものは、できる後輩。 田村よ、さっきはデコピンして悪かった。心の中で小さな謝罪をしたその時、 キュキュキュ! プーーーー! 甲高い音がなった。 場所は田村のいる横断歩道のすぐそば。右折しようとしたトラックがバランスを崩し今にも横転しそうになっているのが見える。 「おいバカ!田村、走れ!」 「えっ。」 田村は状況が呑み込めていないのか、その場で硬直してしまっていた。 やべぇ、間に合うか?間に合え!! 俺は慌てて田村のほうへ走る。 「ああああああああ!間に合え!」 ドンッ! 「あっ、三上さん?」 全力で歩道に田村を押し出したと同時、 ガッ!ガガガガガガッ! 全身にこれまで体験したことのなような衝撃が走った。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ピコン。 「シークレットミッション「神による救済」達成確認作業に入ります。」 ピコン。 「①いずれかの分野で世界一となる。確認。クリア。対象者は Hope of Godの世界大会優勝者です。」 あれっ、頭の中に何か文字が浮かんでくる? ピコン。 「②他者のために命を捧げる。確認。クリア。対象者は、自らの命を投げ打って、他者田村純一を救済しました。」 そうかー。助かったのかー、田村。よかったー。 って、自らの命を投げ打ってって、ことは、俺、もしかしてもう死んでる? ピコン。 「③魔法使いの称号を取得している。確認。クリア。対象者は本日30歳になりましたが、未だ女性経験を有しておりません。」 おーい。失礼にもほどがあるだろう。 事実ではあるけれども!わざわざ誕生日にそんな傷をえぐる必要なくない? わかった。これは夢だ。夢に違いない。 ピコン。 「シークレットミッション「神による救済」をコンプリートしました。対象者にはアルティメットスキル「ホルダー」が付与されます。」 まだやるのか。 なんだそのアルティメットスキルって。完全に中二病じゃん。俺ヤバいやつじゃん。 もう無視しまーす。心が深く傷つけられたのでふて寝しまーす。 ピコン。 「・・・。・・・。」 まだ何かいってる・・・。もういい、眠ろう、なんだかすごく眠い。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ・・・。 ・・・。 「つぅー。頭いてー。」 ってあれっ? 目の前には草原。見渡す限りの緑が広がっている。 ここはどこだろう? 公園か何かかしら?あらやだん。大自然って素敵☆ 都会育ちのわたくしには、心のオアシスですわ☆  そして、大空の向こうには、とってもかわいい大きな鳥さん☆ 「って、えっ、えーーーつ!!」 鳥かと思っていた生き物は、1mは優に超えるであろう巨大な蛾だった。 しかも、こちらへ向かって真っすぐに飛んでくる。 えーと、ここは冷静に、 「逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。逃げちゃだめだ。」 キリッ! っていやいやいや。 大好きなアニメの名台詞に浸っている場合じゃないですやん。 めっちゃこっちへ向かって来とりますやん。 モ〇ラみたいなやつが俺を捕食する気まんまんですやん! 「あああああああぁー!!」 やっと状況を悟った俺は、一目散に逃げだす。その時だった。 ピコン。 「ホルダーのスキルが発動。《加速》のカードを取得しました。使用される場合は《加速》と頭の中で唱えてください。」 頭の中に浮かんでくる文字。 ・・・。 えっ?何これ!? ついに俺もおかしくなったのか? ふふっ。 サヨウナラ☆古いわたし。そして、ビバ☆新しいわたし。キリッ! 「ギィィィィィ!!」 って、いやいやいや。 本当にふざけている場合じゃないですやん。もう目と鼻の先ですやん!。 ええぃっ! 「《加速》!」 藁にもすがる思いでその言葉を唱えた。同時、ふわりと足が軽くなる。 「おっ、すげぇこれ」 気が付けば、俺は風を切り裂き走っていた。 それも人類がおよそ到達できないであろうスピードで。 これならあの巨大蛾も? 「ギィィィィ!ギィィィィ!」 後ろを振り返る。 恐らく俺を見失ったのだろう、遥か後方で旋回を繰り返す巨大蛾の姿がみえた。 「ふう、よかったー。」 走りながら一息。 でも、あれ?これってどうやって止まるんだろう? 「あああああぁー!止まれぇぇぇ!」 ピコン。 「《加速》の効果を解除します。」 やった!でも間に合わな・・・。 ズドーォォン。 俺は目の前の大きな木に激突した。 ピコン。 「ホルダーのスキルが発動。《停止》のカードを取得しました。」 いてて・・・。なんか今日はこんなんばっかだな。ずっと痛い。 「先輩はドMすからねー。ははっ。」 「ちげぇよ。全部不可抗力だ」 田村の笑い声が聞こえた気がする。思わずつっこんでしまった。 というか、ここは本当にどこなのだろう? 最初は公園や植物園かとも思ったが、そうなると先ほどの巨大蛾の説明がつかない。 だったら夢?だが、木にぶつかったときの痛覚は、妙にリアルだった。 「限定ボックス、開けたかったな。」 ははっ。こんな時でもHopeのことを考えるなんて、自分の暢気さに少しあきれる。 ・・・。 「はっ!カード。」 巨大蛾から逃げるために使用したカードのことを思い出す。 あれ、カードってどうやって確認するんだ? 「カード表示。」 ・・・。 なにも起こらない。 「カード一覧。」 「カードオン。」 「デッキ一覧。」 「デッキオン。」 ・・・。 「表示。」 ピコン。 「ステイタス画面を表示します。」 あっ!なんかできた。やっぱ人間、やればできるものだなー。 名前:三上優 年齢:16歳 所持スキル:「ホルダー」 所持カード:《加速》《停止》 ステイタス: HP 25/32 MP 20/22 物理攻撃力 10 物理防御力 10 魔法攻撃力 10 魔法防御力 10 すばやさ 10 16歳って、えぇっ!めっちゃ若返ってるー。 体は子ども、頭脳は大人。その名は、のアレですやん。 ってことは、俺の体!? おもむろにTシャツを脱ぎ、胸元を確認する。 やったー。ない!あの煌々と生い茂っていた俺の胸毛がない!つるつるだー。 これで女の子から気持ち悪いって言われない。ごめん、私毛深い人無理なんだ。って振られることはもう二度とない。 ひやっほーい。生理的に嫌いって言葉を聞くこともないぞー! あとは顔だが・・・。水たまりを探し、水面に移った顔を見る。 ・・・。 うわー、俺、なんか超イケメンになってるー。 元の顔とかけ離れすぎていて、ちょっと引く。 これはもう、骨格から変えないとこうはならないやつですやん。 髪型やファッションを頑張れば到達できる雰囲気イケメンとは、かけ離れた領域ですやん。 ・・・。 ちょっと落ち込んできた。 これはもう完全に異世界転生じゃん。 もう現代には戻れません!みたいな。 ははっ。いやいやいや、そんなんありえないし。 絶対頭打っておかしくなったに違いないし。って、それはそれでいやだな。 ぎゅるるるー。 現実逃避しているとおなかが鳴った。 やっぱ生理的欲求ってすげー。マズローさんマジ神っす。やっぱ、生理的欲求が最上位っす。 ・・・。 色々考えるのは、おなかを満たしてからにしよう。 まずは水だな。 《加速》。 俺は超速で走りながら近くの森の中を散策し始めた。 「あった!」 目的の湖はすぐにみつかった。 俺は水を手ですくうと、口に運ぶ。それを夢中でくりかえした。 ぷはーっ。うまい!やっぱ水分って大事。 「ガルルルルッ!」 あれ、なんか後ろで声がしたような・・・。 ははっ。まさか、ね。 ・・・。 恐る恐る振り返る。 すると目の前には、まるで巨大な熊の様な生物が二本足で立っていた。軽自動車程の巨躯。漆黒の体。そして鋭い牙の間から延びる細く長い舌の先端からは、ぽたぽたぽたと涎が流れ落ちている。 「うわわぁぁっ!」 俺は慌てて《加速》を発動。森の中へと逃げ込んだ。 グアァァ! やばい。追ってくる。 スピードは・・・。よし、こっちほうが早い! しかし、すぐにその判断が誤りであったことに気づく。 鈍重そうな外見とは裏腹に、巨大熊の身のこなしは軽やかだった。木々や地面のぬかるみに足をとられ減速する俺に対し、巨大熊は木々の間を縫うようにして着実に距離を詰めてくる。 グアァァ! やばいやばいやばい。このままでは追いつかれる。 どうする? どうする? ・・・。そうだ! 《停止》。 俺は減速の動作をしないまま、その場でぴたりと停止した。物理法則を無視した、ありえない動き。 「ガ?ガアァァッ!」 目標が急停止したことに気づいた巨大熊は、減速しようとしてバランスを崩し転倒、そして、 ガン、ガガガガ、ガン!ズドォォォォン。 複数の木にぶつかり、その場に倒れた。 ・・・。 助かった、のか? ピコン。 「グリズリーを討伐しました。ホルダーの効果が起動します。」 ピコン。 「《経験値C》のカードを取得しました。《経験値C》は消費カードのため、自動消費されます。」 ピコン。 「《経験値C》の効果により使用者のステイタスがアップしました。HP+5、MP+3、物理攻撃力+3、物理防御力+3、魔法攻撃力+0、魔法防御力+0、すばやさ+5。《経験値C》は消滅しました。」 経験値?ステイタスアップ!? まさか!表示画面を開き、ステイタスを確認する。 ステイタス: HP 20/37 MP 20/25 物理攻撃力 13 物理防御力 13 魔法攻撃力 10 魔法防御力 10 すばやさ 15 一部のステイタスが上昇していた。 ・・・。 なんか色々と混乱してきた。 落ち着け。落ち着け俺。一旦、置かれた状況を整理してみよう。 ①今俺は別人として別の世界にいる。痛覚のリアルさから夢の中の可能性は低い。 ②現世の俺は既に死亡しているか、意識を失っている可能性が高い。 ③この世界で命を失うとどうなるのかについては不明。 ④ステイタス、モンスター、魔法のようなカード、以上の3点から、この世界はRPGゲームに近い構造をしている。カードの入手条件は不明。モンスターを倒すとステイタスが上がる。 こんなところか。うーん。やはりいまいち実感がわかない。 ぎゅりゅりゅりゅる~。 忘れるな、といわんばかりに2度目のお腹が鳴った。 そうだ。俺、お腹すいてたんだ。 周囲を見渡し、食べられそうな木の実を探す。 ・・・。 ない。 食べられそうな木の実がみつからない。 《加速》。 さらに広い範囲を探す。 ・・・。 やばい。食べられそうなものが全然見当たらない。 木の実らしきものはいくつか発見した。 しかし、それらは毒がありますといわんばかりにギトギトした発色のもの、あるいは果肉がほぼないものばかりで、とても食べられるような状態ではなかった。 魚も考えたが、湖がモンスターの溜まり場になっている可能性は高い。 巨大熊のような捕食者に再度遭遇する可能性を考えると、湖に近づくことはできなかった。 ・・・。 あの熊、食べられないかな? 倒した巨大熊のことを思い出し、死体に近づく。 白濁した眼。剥き出しの皮膚。漏れ出た体液。 動物の死体をみるのは初めてではないが、決して気持ちのいいものではなかった。 ・・・。 「背に腹はかえられない、か。」 先のとがった石を拾い、熊の腕を切断しようと試みる。 カリッ。 石で引っ掻いた刹那、 「うわっ!」 溢れ出る赤い血液に、思わずたぢろいだ。 ピコン。 「ホルダーのスキルが発動。《黒煙石のナイフ》と《剣技》のカードを取得しました。」 ナイフ!?やった。 「《黒煙石のナイフ》発動。」 カラン。黒い石で精巧に作られたナイフが目の前に出現した。 ・・・。 ・・・。 まさか!? 手に取ったナイフを見て思わず息を呑む。 特徴的な波型の刃先。持ち手に彫られた絡み合う3匹の龍。 手にしたナイフは、俺が最も愛用していたHope のカード「黒煙石のナイフ」のイラストと瓜二つだった。 ・・・。 はっ!もしかして! 「《剣技》発動!」 ピコン。 「《黒煙石のナイフ》に《剣技》の効果がエンチャントされました。これにより《スラッシュ》の効果が起動します。」 シュッ。シュババッ。 瞬間、流れるようにナイフを手にした右手が動き、巨大熊の体は解体された。 ・・・。 間違いない。 《黒煙石のナイフ》に《剣技》をエンチャントすることで得られる効果(スラッシュ)は、俺がはじめての世界大会で使用したコンボの1つだ。効果はホブゴブリンや、スノーウルフなど、中級モンスターを無条件で破壊することができるというもの。これにより劣勢を覆し、俺は10代目のチャンピオンとなった。 「Hopeのカードがこの世界でも使える!?。」 今は可能性にすぎない。しかし、この仮説は、俺のモチベーションを上げるには十分すぎる内容だった。 「うぇーい!とぅっとぅるー♪三上さん家のごはん♪はーじまーるよー。さーてと。肉の下処理を終えたら、次は火をおこす準備をします。」 薪は、スラッシュでにより枯れた木を切断することで、簡単に集めることができた。 次に、周囲の枯れた植物、木の皮などを拾い集め、火種をつくると、環状に組み上げた薪の上に置く。 「えっ。マッチやライターもないのにどうやって火を起こすかって。甘い。甘いよ。チミたち!もうとろっとろに甘い。ふふふっ。じゃじゃーん。ここで秘密兵器、カードスリィィーブ!」 なんか独り言多くなってきたな。 俺は、ポケットに入っていたカードスリーブに水たまりの水を入れ、それをレンズ代わりにして火種に太陽光を集めはじめた。 TVで見ただけだけど、これで大丈夫なはず?うん。きっと大丈夫! 20分後・・・。 「やべー全然つかないじゃん。」 ・・・。 ・・・。 一時間が経過し、あきらめかけたその時、火種の中に小さな明かりが灯るのがみえた。 うん。人間、やはりやってみるものだ。 ふぅー。ふぅー。消えるな。頼む消えないでくれ。 枯れ木や草など、燃えやすいものを少しずつ足しながら、慎重に火種を大きくしていく。よし、火がついた!そう思ったそのとき、 ぼわっ。ぷしゅぅ。 恐らく薪が湿っていたのだろう。火種は組み上げた薪に燃え広がることなく消えてしまった。 ・・・。 終わったー。そう思ったその時、 ピコン。 「ホルダーのスキルが発動。《火焔》のカードを取得しました。」 奇跡が起こった。神様~! 《火焔》! 早速試してみる。するとピンポン玉ほどの火の玉が6つ、円を囲むようにして出現した。 「いけ!」 巨大熊の肉片に火の玉がぶつかる。 じゅわっという音とともに、食欲を貫く芳ばしい香りが周囲に広がった。 あちっ。俺は焼けた肉にかぶりつく。 「うまい!」 ははっ。 肉を頬張りながら、俺は、この生活も悪くはないかもしれない、そう思い始めていた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 《フラッシュ》!《火焔斬り》! ガッ!グアァァ! ピコン。 「キマイラを討伐しました。ホルダーの効果が起動します。」 ピコン。 「《経験値A》のカードを取得しました。《経験値A》は消費カードのため、自動消費されます。」 ピコン。 「《経験値A》の効果により使用者のステイタスがアップしました。HP+0、MP+1、物理攻撃力+0、物理防御力+0、魔法攻撃力+0、魔法防御力+0、すばやさ+0。《経験値C》は消滅しました。」 「表示。」 名前:三上優 年齢:16歳 所持スキル:「ホルダー」 所持カード(技術):《体術》《剣技》 所持カード(魔法):《加速》《停止》《鑑定》《火焔》《雷鳴》《氷結》《道具再生》 所持カード(道具):《黒煙石のナイフ》《薬草》 ステイタス: HP 532/532 MP 522/522 物理攻撃力 516 物理防御力 510 魔法攻撃力 516 魔法防御力 511 すばやさ 511 「・・・。やはりダメか。」 この世界に来てから3ヵ月、俺のステイタスは大幅に上昇していた。 いや、「していた」という表現は間違っているのかもしれない。「気づいたら、していた」のほうが近い。 カードを集めるのが楽しくて、いろいろと試行錯誤しているうち、気がつけば、初期の50倍程度のステイタスになっていた。 少なくとも、この森において、俺に敵うモンスターは、もういない。 しかし一方で、それが、カードゲーマーたる俺にとって大きな問題となっていることも事実だった。 すなわち、新しいカードが入手できないのだ。 これは未だ仮説だが、カードの入手には、俺自身の経験が関係していることは間違いない。それに加えて一定の条件、例えば、命にかかわる、あるいは、大きく自身の感情が揺さぶられる、というような事象を満たす必要があるものと考えられる。 その証拠に、この森の覇者たるキマイラを討伐して以降、実に1ヵ月もの間、新しいカードを入手できていない。 ステイタスの上昇も微々たるものだ。 ・・・。 「そろそろ潮時だな。」 この森に留まる意味を見出せなくなった俺は、拠点を移すことを決意した。 麻縄と竹のような植物で作ったバックと水筒に水と干し肉を入る分だけ詰め、《加速》を起動する。 「日が暮れる前に、何とか次の拠点が見つかってほしいものだが・・・。」 そう願いながら、探索を開始した。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ・・・。 やはり、か。 探索を開始して5日目。 見渡す限りの荒野の真ん中に俺はいた。 手にした水は尽き、喉はからからだ。 「くそっ。」 自身の安易な判断に後悔し、苛立つ。 実は、拠点を移すことを試みたのはこれで6回目だ。 グリズリーを倒した数日後から、肉や水などの淡白な食事に飽き、柔らかい布団が恋しくなって、街のようなものが近くにないか何度も探した。 しかし、森と周囲の草原を抜けると、荒野、荒野、荒野が続くばかり。水と食料が尽きそうになってまた森に戻る、の繰り返しになってしまい、あきらめざるを得なかった。 「くそくそくそっ!」 何故今回は戻らなかったのか?自身の馬鹿さ加減に呆れる。 しかし、限界だったのも事実だ。 一人であるという孤独が、俺自身を追い込んでいた。 砕けそうな心を支えていたのは、カードゲーマーとしての執念のようなものかもしれない。カード収集を目的とすることで、迫りくる孤独から、気をそらしていた。 しかし、そのカードが入手できなくなってしまったのだ。 唯一、心をつなぎとめていたものを失った俺は、身体よりも先に心が壊れる恐怖に脅え、結果、無謀な探索に至ってしまった。 ・・・。 ・・・。 だんだんと意識が遠のいていく。 このまま死ぬのかもしれない。 もういい。 なんだか、それはそれで楽になれる。そう、思った。 ・・・。 ・・・。 ・・・。 「もしもし!もしもし!大丈夫ですか!?ヤトリ!水を持ってきて!」 「はい、お嬢様。こちらに。」 ・・・。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ・・・。 ・・・。 んっ。 気がつくと、俺は、小さな小屋のような部屋のベットの上に横たわっていた。 「つぅー、いてて。」 「あっ、よかった。お目覚めになりましたか?」 ・・・。 天使だ。そう思った。透き通るような白い肌。サファイヤのような蒼い瞳。整った鼻筋。桜色の唇。そして赤いリボンでまとめられた金色の髪は、光に反射してキラキラと煌いている。 目の前にいる少女の美貌に、目がチカチカした。 むにゅ。 そして、左手に当たる柔らかい感触。 少女は俺の左手を両手で握りしめ、胸の上に置いていた。 よく見ると目の下には、うっすらと涙の跡がある。 「あっ。不埒な!こやつ、お嬢様の身体をさわっておりますぞ!だから言ったのです。このようなどこの馬の骨ともわからぬ輩を助けるべきではない、と。いつ朱妁の刺客が襲って来るやもわからぬこんな時に!」 「ヤトリ。見てごらんなさい。この者の姿を。彼もきっと朱妁に襲われた被害者に違いありません。つまり、私どもが巻き込んでしまったのです。本来守らなければならない民を。つまらぬ王家の身内争いのために。」 確かに、俺の姿は、ぼろぼろのカッターシャツにスラックス。それと麻縄で作ったバック。それだけだった。 石煙のナイフはカード化しているため、凶器になりそうなものも持っていない。 姫とよばれる少女が、難民かなにかと俺のことを勘違いするのも、当然といえば当然であった。 「それは・・・。確かにそうかもしれませぬが。」 「うっ。」 「あっ。ご無理はなさらないでください。」 俺は上半身を起し、少女らに尋ねた。 「・・・。大丈夫です。助けて頂いてありがとうございます。あなた方は?」 「私は、シルファ。アトゥルーゼ・フォン・エイミー・シルファと申します。そして、彼は、執事長のヤトリ。」 「お嬢様、本名を伝えるなど!」 「よいのです、王族たる我々には、彼に謝罪する義務があります。ヤトリあなたも彼にご挨拶を。」 「・・・私はお嬢様の執事、ヤトリ・クルーゼ・アスナガンでございます。」 黒いタキシードを着た、如何にも紳士というような老人が軽く会釈する。 「それで、あなたは?」 「俺は、・・・。三上、三上優です。」 「あの・・・、三上さんは、エルドレイン村の方ですか?」 「・・・。実は、倒れる前の記憶が思い出せないのです。」 嘘をついた。 この状況で真実を言っても、信じてもらえないだろうと思ったからだ。 「・・・。よほど辛い思いをされたのでしょう。私どものせいで・・・。申し訳ありません。」 シルファが涙ぐむ。 そんなことはない、そう言おうとしたその時、 「敵襲!敵襲!ぐわっ。」 外で兵士の声がした。 「お嬢様!裏口からすぐにお逃げを。こちらです。」 「はっ!はい!三上さん!」 シルファは俺の手を取り、裏口から出るヤトリの後に続く。 ギィィィ。ドアを開けた瞬間。 「きゃっ!」 目の前には、殺された兵士たちの亡骸が散乱していた。 そして前方、俺たちを取り囲むように、白い仮面に赤いローブを纏った5人の男たちが立っている。それぞれの手には日本刀のような刃が煌いていた。 「おのれ、朱妁ら!お嬢様には指一本触れさせぬぞ!」 ヤトリは杖のカバーを外し、中から取り出したレイピアを身構える。そして、 「お嬢様、長くは持ちません。隙を見てお逃げを。」 シルファに小声で伝えた。 「ヤトリ・・・。そんな、できません!」 叫ぶシルファ。 ドクン。 「お嬢様!」 「私にはできません!」 「お嬢様!国家に身を捧げた皆の想いを今ここで無駄にするおつもりですか!!」 「・・・っぅ。」 苦悶に歪むシルファ。 身構える朱妁たち。 ドクン。 一触即発。まさにその時だった。 「双方、やめなさい!」 えっ・・・。 シルファは俺のほうにそっと微笑み、ヤトリの前に出た。 ドクン。 「お嬢様・・?なりませぬ!」 「ヤトリ、よいのです。誰かを見捨てるなど、私にはもうできません。」 シルファがヤトリの肩に手を置き、やさしく声をかける。 ドクン。 「朱妁の者らよ!目的は私の命なのでしょう。ならばこの命、持っていきなさい。ただし、この者らに手を出すことは許しません!」 ドクン。 目の前には少女。 俺の命を助け、微笑みかけてくれた少女。 そして、その少女が、また、俺の命を救おうと、今度は自らの命を捧げようとしている。 「・・・。」 朱妁の奴らは無言でシルファの方へ剣を突き出した。 ドクン。 少女の頬を涙がつたうのが見える。 壊れそうな、笑顔。 ドクン。 「お嬢様!」 シルファを庇おうと前に出るヤトリ、 そしてヤトリを庇うシルファ。 ドクン。 ・・・。ない! 「こんなこと、あっていいわけがないだろうがぁぁぁ!」 《加速》!《黒煙石のナイフ》! 俺は《加速》を発動。超速でシルファの前に立つと、手にした《黒煙石のナイフ》で朱妁の刀を弾いた。 「ギぃ?」 何が起こったかわからない、といった朱妁の声。 「はじめてしゃべったなぁ、お前。」 《火焔》! 驚いた朱妁の腹に《火焔》を打ち込む。 出現した6つの火の玉、そのすべてを受けた朱妁は、数10メートル先へ吹っ飛び、動かなくなった。 「三上・・・さん?」 「お主!?」 信じられない。という顔で、俺をみるシルファとヤトリ。 「大丈夫、ですから。」 俺は、安心してもらえるよう、笑顔をつくり、2人へ声をかけた。 「ギィぁ!」「ギぃ!」「ギぃ!」「ギィィ!!!」 危険な相手と判断したのだろう。 残り4人の朱妁はこちらへ向かって同時に切りかかってきた。素早く、そして無駄の無い、連携のとれた動き。 《火焔》! 俺はすかさず《火焔》を発動。6つの火の玉が朱妁の方へ突撃する。 ガキン! しかし、その技は見切ったとばかりにすべて弾かれてしまった。 《火焔》《火焔》! 連続の《火焔》。しかし、 ガキン! 「ちっ!」 これらも、刀で弾かれ、あさっての方向へ飛んでいく。 「ギィィ!!!」 一気に距離を詰められ、朱妁はあと数歩というところまで迫っていた。 くっ! どうする? この程度の刃。俺一人ならば、《加速》を使い避けるのは簡単だ。 しかし、後ろにはシルファとヤトリがいる。 どうする?どうすれば? 《黒煙石のナイフ》《火焔》《剣技》! 「あぁぁぁっ!火焔剣!」 炎を纏ったナイフを横一閃に振った。 直後、周囲に炎が爆散。 こちらに向かって来ていた朱妁たちはすべて炎に包まれ、 「♯~&’Y)O-U#!!!!」 踊り狂いながら倒れた。 ピコン。 「朱妁5体を討伐しました。ホルダーの効果が起動します。」 ピコン。 「《経験値A》のカードを取得しました。《経験値A》は消費カードのため、自動消費されます。」 ピコン。 「《経験値A》の効果により使用者のステイタスがアップしました。HP+5、MP+1、物理攻撃力+3、物理防御力+3、魔法攻撃力+0、魔法防御力+0、すばやさ+2。《経験値A》は消滅しました。」 「はっ、はっ、はっ。」 目の前には、4人の焼け焦げた死体。 「おっ俺、ひっ、人を・・・。うあぁぁぁぁっ!」 「三上さん!」 崩れそうな俺の身体をシルファが抱き止める。 「三上殿。こやつ等は、かつて英雄だった者の屍に仮初めの魂を与えられた人形に過ぎませぬ。気休めに過ぎぬかもしれませぬが、どうかご安心を。」 「はーつぅ。はーっー。はー。・・・。」 ・・・。 「気を失われたようです。ヤトリ、今はそっとしてあげましょう。」 「はい、お嬢様。しかし、一体で大国の一軍に匹敵するほどの戦力を持つ朱妁を5体も・・・。それもたった一人で。一体何者なのでしょうな、この者は・・・。」 「シルファ様!ヤトリ様!」 銀色の甲冑を纏った騎馬の一団が走ってくる。 「遅い!貴様ら、何をしておった!」 「申し訳ありません。峠を越えるのに少々手こずってしまいました。しかし、ご無事でなによりです。して、朱妁は?」 「・・・。心配ない。目の前に黒炭となって転がっておるわ。」 「何と、あの朱妁を!流石、王国一の剣士と謳われたヤトリ様にございます。」 「私ではない。この者だ。」 「はははっ、ヤトリ様、ご冗談を。この騎士団長レイヴンをからかうのはお止め下さい。」 「・・・。」 「まさか本当にこの少年が!?」 「事実だ。私の剣では、朱妁一体と差し違えることすら、危うかったであったろうよ。もしこの少年がいなければ、姫も私も殺されていた。」 「・・・。何者なのですか、この少年は?」 「私にもわからぬ。だが、この者は姫の命の恩人だ。よって、それなり先の待遇をせねばなるまい。」 「はっ!承知いたしました。朱妁がいないのであれば、これより大きな障害はございません。抜け道をご用意しております。お嬢様とヤトリ様、そして少年は馬車へ。半日もすれば王都です。」 「うむ。ご苦労。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 松明が2つ灯るのみの薄暗い一室。 その奥に据えられた玉座の上で、男は窓から見える虚空を眺めていた。 ザザッ。 豪華な鎧を身に纏った黒髪の騎士が現れる。 「リチャード様、ご報告申し上げます。」 「もうよい、結果などわかりきっておる。シルファの首をさらせぃ。」 「それが・・・。送込んだ朱妁は全滅。シルファ様は王都リンドブルムへ帰還とのことです。」 リチャードは目を見開く。 ケルベキア最高戦力の一つである朱妁が全滅。ありえないことだ。 「それは誠か?」 「残念ながら、誠にございま、・・・がっ。」 リチャードは、無言で騎士の胸元に剣を突き立て、 「使えぬ。朱妁が全滅だと、・・・。そのようなことがあるはずがなかろうが。」 ぶつぶつと呟きながら、流れ出る血を無表情で眺めていた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「んっ。ここは・・・?」 気がつくと俺はベットの上に寝ていた。 ダブルベッドの2倍はあろうかという広さ。これまで経験したことのないような、ふかふかの布団。 周囲を見渡すと、高級そうな家具がずらりと並んでいる。 丁寧に刺繍が織り込まれた絨毯。龍の紋章が彫られた箪笥。金箔で彩られた天井。 素人の俺が見てもわかる。どれも一級品だ。 「んっ。」 あれっ? 隣で聞きなれた少女の声。 まだ眠っているのだろう、彼女がくるりと寝返りをうつと、仄かに柑橘系の甘いの香りが、周囲に広がった。 「ななななっ!何を!」 俺は、今まで一度も出したことのないような声を上げ、ベットの端へと避難する。 いやいやいや、ありえませんて、こんな神展開。エロゲか、ラノベの世界でしか体験したことないやつですやん。 目を開けたら隣に女の子が。それもとびっきりの美少女がいるなんて、奇跡ですやん! やたー。 ついに俺もリア充!スクールカーストの頂点に手をかけてしまったー! んっ、まてまてまてー。落ち着けー俺。 シルファっていくつなんだろう? 外見的には、高校生か、それぐらい?ってことは、18歳以下・・・?。 やってしまったー。犯罪だー!!! 「んんっ、あっ、三上さん、お目覚めになりましたか?」 「やっ、やぁシルファ。で、君はここで何をしているんだい?」 「私は・・・。あれ、私なんで三上さんの隣で寝ているんでしょう?」 「・・・。」 終わったー。俺の人生終わってしまったー! でもなんだか、こんな幸せなことでポリスメーンのお世話になるなんて、それはそれで名誉なことかもしれない。うん、幸せな人生だった。 頭の中でホタルの光が流れ始めたその時、 コンコン。 「三上殿、入りますぞ。」 ・・・。 ・・・。 「なっ、お嬢様!おのれ、このゴミムシめが、お嬢様の純潔を傷つけた罪、その血をもって償わせようぞ!」 ヤトリは杖のカバーとり、中に入っていたレイピアを構える。 「まっ、まって下さい。誤解、誤解なんです!いや、正しいのかもしれないですけど!」 「言い訳など聞きたくもないわ!」 追いまわすヤトリ。逃げ惑う俺。 それを見てシルファは、 「あらあらあら、お二人とも、もうそんなに仲良くなられたんですね。」 と、けたけた笑っていた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー アトゥルーゼ王国第二首都ケルベキア。 リンドブルムと対を為す大都、ケルベキアは、一言で表現するなら、軍事の都であった。広大な敷地を囲む巨大な城壁。その中には、4の軍事基地、12の兵練場、3の魔導研究所が存在し、常備軍の兵士の数も20万人以上に上る。 ケルベキアがこのような独自の発展を遂げたことには、1つ大きな理由があった。モンスターの侵攻である。十数年前までケルベキアは、争いとはかけ離れた商いの都であった。賢王アルトリアの治世において大きな争いは全くと言っていいほどなく、肥沃な大地から獲れる作物は潤沢で、誰もが平和に暮らしていた。 しかし、10年前、都の近くに謎の遺跡が出現。そこからモンスターが湧いて出てくるようになると、状況は一変する。最初は、ゴブリンやウルフなど、低級のモンスターが少数現れる程度であったが、その数は徐々に増え、オークやワイバーンなどの上級モンスターが出現するようになると、ケルベキアの防衛力のみで民を守ることは、困難となった。 事態を重く見たケルベキアの領主リチャードは、兄アルトリアへ、リンドブルムへのケルベキアの民の受け入れとケルベキアへの援軍を要請する。アルトリアはこれを了承するも、一つの条件をリチャードに突きつけた。それは、国防が安定するまでの間、リチャードは、ケルベキアに留まり、モンスターの侵攻を抑えよ、というもの。リチャードはこれを了承した。 以後10年、ケルベキアは、アトゥルーゼ王国における防衛の要としてモンスターの侵攻を抑え続けることとなる。 しかし、ケルベキア、そしてリチャードにとって、その10年はあまりにも過酷で、永いものだった。栄華を極める第一首都リンドブルムに対し、モンスターの脅威にさらされ続ける第二首都ケルベキア。両者の間に深い溝ができるのに10年という歳月は、十分すぎた。 そして1週間前、病によるアルトリア王の死とともに、その溝は決定的なものとなる。次の王は、王の弟である私に違いない、そう考えていたリチャードに対し、アルトリアの遺言は、自身の娘であるシルファを次の王とする、というものだったからである。 その遺言を見たリチャードは激怒し、エルドレイン村で開拓の指揮を執っていた王妃とシルファの暗殺を指示した。そして送り込まれた朱妁により、エルドレイン村は壊滅、王妃も殺害された。シルファは辛うじて逃れ、王都リンドブルムへ向かう途中で倒れていた俺を拾った、というわけだった。 リンドブルム城の一室。俺はシルファとヤトリから、ことの次第について、話を伺っていた。 「アルトリア王は、リチャード殿のことを心の底から信頼しておられたのだ。人としても、武人としても。最期の最後まで、リチャード殿一人に負担を強いてしまったことを後悔されておった。しかし、日々強まるモンスターの侵攻を防げるのは、リチャード殿の人望と武才をもって他にはおられなかった。アトゥルーゼ王国の民を守るため、苦渋の選択であったに違いない。」 苦悶の表情を浮かべるヤトリ。 「私どものせいで罪なきエルドレイン村の方々を傷つけてしまいました。その中には三上さんのご家族もいらっしゃったのかもしれません。なんとお詫びしたらよいのか・・・。」 うつむくシルファ。 ・・・。 室内を包む重い沈黙。 「俺のことは、どうかお気になさらず。元より、あなた方に拾っていただかなければ、助からなかった命です。」 「三上殿・・・。」 「そもそもからして、俺には、あなた方と出会う前の記憶がありません。エルドレイン村の民であったかどうかも、わからないのです。そんな俺が、あなた方のことを責めることなど、できるはずもないでしょう?」 「三上・・・さん・・・?」 「シルファ、一番つらいのは、お前じゃないのか?お母さんのこと、叔父さんのこと、一人で背負う必要なんてないんだぞ。」 また、嘘をついた。 だが、こう言う他ない、そうも思う。 俺がエルドレイン村の出身ではないこともあるかもしれないが、少なくとも、この件に関して、シルファやヤトリに非があるとは到底思えなかった。 リチャードについても、事情が事情であるために、否定的にはなれない。 もう誰にも傷ついて欲しくはなかった。 「あっ・・・。」 シルファの目からぽろぽろと涙が零れ落ちる。 ・・・。 ・・・。 暫しの沈黙。 しかし今度は、重苦しい沈黙ではなかった。 ごほん! 「三上殿、実は、折り入ってお願いしたいことがございます。」 「なんでしょう?」 「お嬢様の護衛として、アトゥルーゼ王立騎士学院へ通ってはもらえませぬか?もちろん、必要経費はこちらですべて負担させていだだきますし、お給金もお支払いいたします。」 「ヤトリ、三上さんにそこまでしてもらうわけには・・・。」 「わかりました、喜んで。」 「えっ。三上さん、よいのですか?」 「ああ、元より身寄りない身。国から身分を保証してもらえ、お金も貰える。俺にとっては願ったりかなったりだ。それとも、シルファは、俺が同じ学校に通うことが嫌なのか?」 「いえ、そんなことはないです。嬉しいです・・・。とっても。」 真っ赤になり、うつむくシルファ。 「話はまとまったようですな。では、早速、手続きに入ることにいたしましょう。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー アトゥルーゼ王立騎士学院 国中の才が集まるとされる名門中の名門。入学試験における倍率は1万倍を下回ったことはなく、卒業後は国の要職に無試験で就くことが許される。言わずと知れたアトゥルーゼ国の最高学府。 その学院長室で、二人の男が揉めていた。 「いくらヤトリ殿の推薦でも、こんな特例、学院の長として許可することはできませぬ。」 学院長アルベリッヒが、ヤトリに向かって声を荒らげる。 「しかし、王室推薦による編入に関して、校則に規定がないわけではなかろう?」 「校則上はそうです。しかし、前例がございません。」 「前例、か・・・。」 「それこそが重要なのです。剣王の名を欲しいままにされてきたあなたには、わからないかもしれませんが・・・。当学院は、アルトリア前王命の下、30年前に創立。以降、家柄に関係なく、真に才ある者のみが入学を許され、その才を最大限に伸ばすための教育機関として存在してまいりました。入学試験は人の一生のうち、14歳になる年の1回のみ、それも万人に一人という高い倍率をくぐりぬけた者のみが入学を許されます。それは、王女シルファ様とて同じでしょう?」 「・・・。お嬢様が血反吐を吐くような想いで精進し、入学試験を突破なさったことは分かっておる。王族だからといって、民のみに戦の負担を強いることは許されない。そうお考えになり、軍の道を志されたのだ。最初は反対されていたアルトリア王も、お嬢様の強い志に折れ、入学を許可なさった。」 「私もシルファ様の志、そして努力に心から感服しております。そして、この学院には、シルファ様ような生徒がたくさんいるのです。モンスターから家族を守るため、あるいは、貧困から抜け出すため、事情は様々ですが、皆強い志を持って努力しております。そうした中で、王室推薦による編入がまかり通ればどうなるか、想像に容易いのではないですか?」 「・・・。アルベリッヒ殿がおっしゃることはごもっともである。しかし、その上で再度お願いしたい。」 ヤトリはそういって、机に額がつくほど深々と頭を下げた。 「・・・。」 「・・・。」 「頭をお上げください。ヤトリ殿。一体何が、あなたをそうまでさせるのですか?」 「お嬢様を守ることができるのは、あの男をもって他にはいない、そう確信しているからだ。」 ヤトリは、頭を下げたまま、答える。 「・・・。」 「・・・。」 「わかりました。このアトゥルーゼ王立騎士学院学院長、アルベリッヒ・イェール・フォン・クルーゼの名を持って、彼、三上優の編入を許可しましょう。」 「まことか!?」 ヤトリが、ばっ!と頭を上げる。 「はい。しかし、ヤトリ殿をそこまで言わしめる三上優とは、いったい何者なのですか?」 「お嬢様と私を朱妁から救った命の恩人だ。」 「なんと、あの朱妁から!?」 「ああ、しかしそれだけではない。」 ・・・。ヤトリは、学院長室の窓から見える青空を眺めながら、アルベリッヒに聞こえない程度の小声でつぶやく。 「あの男は、倒した朱妁のことを人と思い、涙したのだ。アルベリッヒ、そなたが初めて戦場で敵を手にかけたときと同じように・・・。そのような心優しき者が、信頼に足らぬなど、あろうはずもあるまい。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 前方に黒板。そしてそれを扇形に囲むように、机と椅子が階段状に並べられた教室。 椅子の上には32人ほどの生徒が座っている。 黒板の前に立つのは、茶髪でくるくるパーマの男性。アトゥルーゼ王立騎士学院2年担任。ワルツ・へーゲン・ブルスト。生徒からはワルツの愛称で親しまれている。 「えー、今から編入生を紹介する。三上、入りなさい。」 !?。 ワルツがそう言った瞬間、教室中がざわついた。 あーだりー。やっぱそうなるよなー。 なんでこう、シルファの時といい、厄介ごとが起こるんだ・・・。 アルベリッヒ学院長は俺に恨みでもあるのか? ガラガラ。 扉を開け、黒髪の少年が入ってくる。 「エルドリア村から参りました、三上優です。よろしくお願いします。」 打合せ通りの言葉。 奇異の視線を向ける者。きゃっ、イケメン!と喜ぶ者。ちっ、コネかよ、と舌打ちする者、生徒の反応は様々だ。 「今回、いろいろあって、特例での編入だ。お前ら、仲良くするように。シルファ、お前、学級委員だよな?三上はこの学院は初めてだ。わからないことも多いと思うから、できるだけ一緒について、いろいろと教えてやってくれ。」 これも、指示通り。 「はい!」 シルファが笑顔で答える。 シルファが王女であることは、教員間だけの秘密だった。生徒には一切知らされていない。 そして、三上優がシルファの護衛として編入してきたことも、アルベリッヒに固く口留めされていた。国防に関わる問題のため、当然といえば当然なのだが・・・。 しかし、ワルツにとっては、わざわざ俺のクラスにならなくても、というのが本音だ。 なんだかなー。卒業までメンドクサイことが起こらなければいいんだが・・・。 そう思いながら、ワルツは、軽くため息をついた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「えー、第一次魔法革命とは何だ?シルファ。」 編入してはじめての講義。科目は魔法史。教壇に立つのはワルツ。 「はい。第一次魔法革命とは、魔法士人口の拡大を指す言葉です。それまで、魔法を扱えるのは、世界に数人、一部の才あるものに限られていました。しかし15年前、ドクター・F・ガン・マーリンが、詠唱術式理論を提唱、実用化に成功します。これにより、特定の条件を満たすものが既定の詠唱を行うことで、魔法を使用できるようになりました。」 シルファが立ち上がり、ハキハキと答える。 へぇー、この世界に魔法ってあるんだな。 そういえば、最初の森の主、キマイラも、炎やら、雷やら、氷やら、至れり尽くせりだったっけ。あれ、魔法だったんだ。 「正解。では、もう一つ質問だ。ラプス、人が魔法を習得するための条件はなんだ。」 「・・・。HP:80、MP:80、物理攻撃力:45、物理防御力:35、すばやさ:15、これらのステイタスを超えることがまず第一。でも、そのためにはランクD以上のモンスターを一人で倒さなきゃダメ・・・。それ、普通の人にはまず無理・・・。加えて・・・精霊試験に合格・・・。」 おかっぱで前髪ぱっつんの女の子が答える。 なんか色々と小っちゃいけど、すごいかわいい子だ。 なんかこう、守ってあげたい小動物みたいな。・・・。 はっ、この考え方は危険だな、色々と。 「よし、正解。ラプス。お前、もうちょっと元気出せ。では、次、ガナンド、精霊試験について説明してくれ。」 「はい。精霊試験とは、文字通り、精霊による試験のことです。魔素の源とよばれる聖地、ラグナンにて精霊と戦い、自らの力を示すことができれば、火、雷、水、光、闇、いずれか1つの精霊と契約を交わすことが許されます。精霊と契約したものはコンダクターと呼ばれ、詠唱により契約した精霊の力の一部を引き出すことが可能です。」 赤髪で長身の男の子が答えた。 「うん、正解!お前らは優秀でいいなー。先生あんまりしゃべらなくていいから、楽ちんだ。」 ・・・。こいつ、もしや自分が説明するのがメンドクサイから、生徒に当てて説明させてるんじゃ? じーっ。俺が目を細めてワルツを見ていると、 「・・・。じゃあ、三上、第二次魔法革命とはなにか、説明してみろ。」 ・・・。おっ俺? ダイニジマホーカクメイ?何それ。やべー、全然わからん。どっ、どうしよう? ガタッ。 「わっ、わかりません!」 くすくすくす。クラスから笑い声が漏れた。中には舌打ちする者もいる。うわぁ、こっ、心が折れそうだ。 「まぁ、三上は編入したばかりだからな。」 ワルツはそういいながら、こっちをみた。 その口元は僅かに吊り上っている。笑いを堪えた顔だ。完全に。 ・・・。 こいつー。俺が疑っていることに気づいて、ワザと当てやがったな。この腹黒天パめ。 「ワルツ先生!わっ、私が三上さんの代わりに答えます!」 「おう、シルファ、頼む。」 ・・・。染みる。染みますぞ、シルファさん。 優しさが、痛い。もう擦り傷に消毒液をどばどばかけられている、そんな感じ。 「はっ、はい!第二次魔法革命とは、魔法の産業化をいいます。魔法士が物質に詠唱術式を刻み込むことで、その物質に魔法効果を付与できるようになりました。具体的には、火起こし器や、冷蔵器、ランプ等が有名です。また、軍事面では、魔導銃や、魔法剣等が登場し、これは、各国の戦術基盤を大きく見直すきっかけとなりました。」 「よし、正解。今回の講義はここまで。来週からいよいよ学年戦がはじまる。トーナメント表振り分けのための学力テストを週末に行うから、各々復習しておくように、以上。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「はぁー、シルファの学校って、凄い奴らばっかりだな。全然ついていけなかった。」 学院生活初日が終わり、俺はシルファとともに歩いて下校している。 「そんなことないです!三上さんは記憶をなくされてますから、当然です。」 うっ、うん。記憶を無くそうが、無くさまいが、関係ないんだけどね。 「ははは・・・(空笑い)。うーん。数学や物理はまだ何とか・・・。でも、魔法史や戦術概論とかになってくると、もう全然お手上げです、はい。」 だって異世界から来たんだもん。 もう歴史とか What? って感じですよ。 戦術に関しても、ジャパンイズピースフル、でしたもん。 そんなん全く使う機会なかったですもん。 じゃぱーん! 「うーん。三上さんでしたら、実技は間違いなくトップなんですが・・・。今は、学年戦の事前準備期間中ですからね・・・。お互いの手の内が明らかにならないよう、実戦形式の講義はすべて中止になっているんです。」 「・・・。シルファ、聞こうと思ってたんだが、その学年戦ってのは何なんだ?」 「えーと、学年戦は、同じ学年で4人の優れた学生を選抜するための大会のことです。年に一度、実戦トーナメント形式の大会が行われて、その学年の上位4名に入ると、国別学園対抗戦への出場権を手にすることができます。」 「・・・。その、重ねての質問ですまないが、国別学園対抗戦っていうのも教えてくれ。」 「国別学園対抗戦はですね。アトゥルーゼ王国、コンコルド帝国、シンクリア共和国、の大国3国の学生同士がチームで戦う競技大会のことです。表向きの理由は文化交流ですが、実際のところは、軍事力のアピールの場になっています。各国の力を見せつけあって、バランスを保とうとしているんです。争いが起こらないよう、抑止の意味合いが強いですね。」 「ふーん。それって、学生側にもメリットがあるのか?」 「優勝チームに対する褒章は各国によって違うんですが、アトゥルーゼ王国の場合だと、爵位の授与、もしくは昇格、というのが一番大きいかと思います。あっ、もちろん賞金も出ますよ。」 「・・・。爵位の授与ってことは、平民が貴族になれるってことか?」 「はい。そうです。すでに貴族の家柄にある者は、無条件で爵位が1つ昇格します。」 「それはすごい。貴族ってことは、一生食いっぱぐれないって済むってことだろう?」 「そうですね。貴族になれば、国から階級に応じた給金が毎月支給されますので。」 うーん。これはかなり魅力的だ。要するに、この大会で優勝すれば、将来不労所得だけで生きていけるってことか。おおーっ。夢の大家さん生活! ・・・。 ん?まてよ。 「シルファ、もう一つ聞いていいか?」 「はい。なんでしょう?」 「シルファも、その、国別対抗戦の代表枠っていうのを狙っているのか?」 「はい。」 「・・・。なんで?」 「??えっ?」 「いや、その、シルファは王族というか、実質国のトップだろ?だったら、爵位とか関係ないんじゃ?」 「あっ、そうですよね。えーと、私が代表枠を狙っているのは、褒章が目的ではないんです。」 「というと?」 「対抗戦優勝の実績が欲しいんです。民の求心力を得るために。今の私では、リチャード叔父さんに、力も、人望も、遠く及びませんから・・・。」 「・・・。そうか。」 「・・・。」 「・・・。」 「あっ、あの!三上さんのおかげです。」 「?」 「実は私、三上さんと出会うまで、色々と諦めていたんです。お父さんが亡くなって、あんなにやさしかった叔父様がおかしくなって、そして、お母さんまで・・・。」 「・・・。」 「私のために、たくさんの方が亡くなりました。エルドリア村の方も、就いてくださっていた従者の方も、守って下さった騎士の方も、たくさん、たくさん、たくさんです。」 シルファの顔は、苦痛で歪んでいる。 「・・・。」 俺は、声をかけることができなかった。 「あー、私がいけないんだ。そう考えるようになってました。私がいるから、私なんかが生きてるから、って。そんな時です。荒野の真ん中で、三上さんに出会ったのは。」 「おっ、俺?」 「そうです。避難先の小さな小屋のベットの上で、三上さんが目を覚ましてくださったときは、本当に、本当にうれしかった。私なんかでも、って。ほんの少しでも償いができたかなって。・・・実は、全部自分のためだったんです。・・・ずるいですよね。」 「・・・。」 おっ、大事になってきた。うーん。どうしよう?どうやって励まそう? 「・・・。いや、そんなことはないぞ。俺がシルファに救われたのは、紛れもない事実だ。」 俺はそう言いながら、シルファの頭をポンポンと叩いた。 なんか女の子には、頭ポンポンがいいって、某モテ雑誌に書いてあった気がする。 「ひゃっ。」 「ははっ。」 「もう、今大事な話をしてるんですよ。」 シルファがそう言ってむくれる。 かっ、かわいい。むくれたシルファもかわいい。ありがとう週刊メンズパンチ。 「でも、三上さんは、私が思っていたより、ずっと、ずっーと凄い人でした。朱妁5人に立ち向かって勝っちゃう人なんて、まず考えられないですよ。それで、同い年でこんな凄い人がいるのに、私は、なにやってるんだろう?王族だからとか、まだ16だから、とか、甘えてただけだったんじゃないかなって、そう、思ったんです。」 やばい。なんだか恥ずかしくなってきた。 「えっ、えーっと。・・・。おっ、おーし。じゃあ、まずは学年戦、がんばらないとだな!」 俺は無理やり明るい声をだす。 「はい!って、三上さんもですよ~。今日から筆記試験までの3日間、お勉強です。」 「・・・。」 「あっ、無視しないでくださいー。」 無言で早歩きする俺を、シルファが追いかける。 「違う。本当に救われたほうは俺の方なんだ。シルファ・・・。ありがとう。」 シルファに聞こえないよう、俺は小声でそっと呟いた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ・・・。で、なんでこうなった? パチン。 「いてっ、いっ、痛いです!」 城内の一室。机の前に座る俺。その隣に立つヤトリ。 ヤトリの手には、黒革の教鞭が握られている。 「言ったそばからお間違いになった三上殿が悪うございます。」 「そんなぁ。何も叩かなくても・・・。しっ、シルファは?」 「お嬢様は、学年トップの成績にございますので。只今、実技の自主練習中です。」 そっ、そうですか。シルファ、やっぱり優秀なんだな。 ・・・。 「あのー、ヤトリ、さん?」 「なんでしょう?」 「えーと。学年トップのシルファに見てもらったほうが、捗るかなぁ、なんて・・・。」 パチン。 ヤトリが無言で鞭をしならせる。 「いたっ!」 「何かおっしゃいましたか?」 「だっ、だから、シルファに・・・。」 パチン。 「いたっ!」 「何かおっしゃいましたか?」 「いっいえ・・・。なっ、何もないです。さあー勉強勉強っと。あー楽しいなー。」 「それはいい心がけにございます。」 ヤトリの笑顔(瞳の奥は全然笑っていない)。 俺、試験日をむかえる前にストレスで死ぬんじゃ・・・。 地獄の夜は3日間続いた。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 試験日当日の放課後。 「三上さん。どうでした?」 シルファが俺に尋ねる。うわー、瞳がキラキラだー。 「いっ、いやー。もう、全然ダメでした・・・。はい。」 3日間の学習の成果は確かにあった。しかし、所詮付焼刃。取れて半分。いや、もっと低いかもしれない。 「そうですか・・・。」 「で、シルファの方はどうだったんだ?」 「私は・・・。その、・・・。わっ、私も、全然ダメでした。」 シルファがあさっての方をむいて答える。 「そっ、そうだよな。難しかったよな。」 「はっ、はい。難しかったです・・・。とっても。」 なっ、なんだか気を使われている気がするのは、気のせいだろうか・・・? ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 翌日。俺とシルファが登校すると、校門近くの掲示板に人だかりが出来ていた。 「いよっしゃぁぁぁ!俺が一位だ!」 中央で飛び跳ねているのは、少しぽっちゃりめの男子生徒。 彼はシルファを見つけると、煽るように話しかけてきた。 「よう、シルファ。ついにお前を抜いてやったぜ。見てみろよ!俺が一位だ。」 「・・・。」 俺とシルファは、黙って顔を見合わせる。 「三上さん、結果が出たみたいです。行きましょう!」 シルファは俺の手を取り、掲示板の方へ走っていく。 張り出されていたのは、やはり昨日の試験結果だった。 2学年 1位 ミント・ローファ・サルン・ステイン 495点 2位 シルファ・エイリス・フォン・アスナ 490点 3位 ラプス・シーナ・グリュン・ライファ 483点 4位 ガナンド・ガン・グルン・サルファット 471点 ・ ・ ・ 32位 三上優 232点 確かに1位ミント。2位シルファの順に記載されている。シルファの下の名前が違うのは、たぶん、偽名を使っているからか。 で、俺はっと。 げっ、32位。バリバリの最下位だった。 ・・・。恐る恐るシルファの横顔を除く。 ・・・。 あれ、シルファ、なんだか嬉しそう?小さくガッツポーズしてるし。 「ふふん。どうだ。ついにお前に勝ったぞ!」 ミントが、再度シルファに声をかける。 「三上さん、やりました!私たち、別ブロックです。」 「「へっ。」」 俺とミントは、同時に素っ頓狂な声をあげた。 シルファは、ミントの声など届いていないかのように俺の手をとり、嬉しそうにぶんぶんまわす。 「ですから、私が2位、三上さんが32位なので、代表枠のベスト4まで、私たちはトーナメントで当たらないんです。」 「あっ、なるほど。そうゆうことか。」 よっ、よかったー。シルファが上機嫌で。俺は、ほっと胸をなでおろした。 「おっ、おい、シルファ。無視するなよ。一位は俺だぞ!」 痺れを切らしたミントが、一際大きい声で、再度シルファに声を掛ける。 「あ、ミントさん?」 シルファはここでやっとミントの存在に気付いたようだった。 まるで、これまであなたのことなど眼中に御座いませんでした。というようなシルファの反応をみて、ミントの顔が真っ赤になる。 「ふっ、ふん。平静を装っていられるのもいまのうちだぞ!その馬鹿な編入生をけちょんけちょんにして、俺が代表になってやるからな!」 「さて、それはどうでしょう。」 ・・・。 一瞬、空気が氷ついたかと思った。 シルファの顔はにこにこしているが・・・。なんだか怖い。 ミントもそれを察知したのか、 「しっ、知らねぇぞ!」 それだけ言い残し、教室の方へ走っていった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 学年戦当日。 「えー。今日はいよいよ学年戦だ。一試合の制限時間は20分。武器や魔法の使用制限はなし。トーナメント表は皆もう確認していると思うが、ベスト4に入った奴には国別学園対抗戦の出場権が付与される。何か質問はあるか?」 教壇に立つのはワルツ。相変わらずだるそうだ。 「はい、先生。」 「・・・。じゃあ、ミント。」 「武器や魔法の使用制限はないとおっしゃいましたが、それは、ゴーレムや魔導銃なんかも含まれるんですよね。」 「ああ、そうだ。事前に配布した資料の通り、自身の魔力で動かせるものであれば、何を使用しても構わない。」 「確認ですが、俺のゴーレムはランクC。下手をすると相手に致命傷を与えてしまうかもしれません。それでも大丈夫なんですね。」 「ああ、大丈夫だ。ただ、競技場内には、魔法結界が貼ってある。相手に後遺症や、致命傷を与えるほどの攻撃は、自動的にぎりぎりのところまで弱体化されるから、その点は理解しとけよ。」 「ふふふ。はい!」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「・・・?おかしい。」 最初は、小さな疑問だった。 学年戦トーナメント第1回戦。 競技場では、学年1位の俺と学年最下位の男、三上との試合が行われている。 「アイアンクロウ!」 俺の騎乗したゴーレムの鉤爪が、薙ぎ払うように空気を切り裂き、奴に向かって衝撃波が飛んだ。 ブォン。 Eランク程度のモンスターなら、避けることはまず不可能。当たれば即死する威力の必殺技。 「おっ、おおっと。」 それを三上はよろめきながら避ける。 「ちっ!」 やはりおかしい。避けられたのはこれで3回目だ。 「おいおいおい、ミント~。遊ぶなよ~。相手はビリの三上だぞ。」 観客席のクラスメイトから、野次が飛ぶ。 「うるせぇ、だまってろ!」 まぐれだ。まぐれに決まっている。こんなこと、あるはずがない。 「ダブル、アイアンクロウ!」 ゴーレムの両手の鉤爪から放たれる衝撃波。常人ではまず見切れないスピード。 ガガガッ! 闘技場の床が割れ、砂煙が舞った。 「ははっ!どうだ!!」 ・・・。 「なっ!」 「ごほっ、ごほっ。うわー、めちゃめちゃ服が汚れてる。やっぱ怒るかなー。ヤトリのおっさん。」 目の前には、奴、三上優が無傷で立っていた。 しかも、試合に全く関係ない服の心配などしている。まるで、俺のことなど全く眼中にないといった様子だ。 つぅ・・・! 昨日のシルファの態度と重なり、一気に頭が沸騰する。 「なめるなぁ!!魔導砲!」 俺は、コンソールを殴るように叩いた。ゴーレムの両肩の砲身に光が集まっていく。 このゴーレムをCランクたらしめる最終兵器。ワイバーンクラスのモンスターすら致命傷を与える必殺技。 もぉ知らねぇ、粉々に砕けちまえ! 「ははははっ!三上、これでお前はおしまいだ。」 直後、 「《雷鳴》」 三上の口から謎の単語が漏れたかと思うと、 バリバリバリ! 雷が砲身に落ち、爆散した。 「おぅうぉおおおっ。」 ガラガラガラ。 砲身が壊れたことでゴーレムは、重心のバランスを崩し、転倒する。 ガガガ、ガガガ。 ガガガガガ。 「くそっ!立て!」 俺はゴーレムを立ち上がらせようとするが、できない。 「くそくそっ!立て!立てよ!」 ゴーレムのコンソールを殴るように叩く。 しかし、画面には、ALERT、警告の赤い文字が表示され、 フォン。 まるでおもちゃの電池が切れたように、ゴーレムは動かなくなった。 「そこまで。試合終了。勝者、三上優!」 審判を務めるワルツが試合終了を告げる。 「ははっ、ミントの奴。だせー。自爆してんじゃん。」 「あははっ。本当だ。おーい。勉強のし過ぎで、ゴーレムの調整、忘れてたんじゃないのかー。」 観客席から浴びせられるのは、ミントへの罵声。 そこに三上への称賛など、一切なかった。 ミントに何が起こったのか、気づいた者など誰もいない。 教師そして、一部の生徒を除いては。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー バンッ! 「危険です!いくら魔法結界があるとはいえ、ゴーレムの使用を許可するなど!」 学年戦前の職員室。机を勢いよく叩いたのは、黒髪に長髪。メガネを掛けたグラマラスな女性、ピース・ガロ・エイチズ・ルーラ。3年生の担任。 「しかしピース先生、これは事前に話し合って決めたことです。魔法結界の効力は、何度もテストし、問題がないことを、あなたも確認されたでしょう。」 口を開いたのは、白髪交じりで初老の男性。ハーバー・グランリッヒ・エイル。1年生の担任。 「確かにそうですが・・・。私は、生徒への精神的ダメージも考慮すべきだと言っているんです。たとえ肉体が傷つかずとも、心に取り返しのつかない傷を負ってしまっては、元も子もないのではないですか?」 「確かにそうですが・・・。ワルツ先生はどうお考えですか?」 ばつが悪いと感じたのか、ハーバーは、ワルツに意見を求める。 「おっ、俺。えー、俺は、まぁ大丈夫だと思うんですが。」 うとうとしていたワルツが面倒くさそうにに答えた。 「なっ!ワルツ先生、まぁ大丈夫ってどういうことですか!」 がーっ。曖昧な返事をしたワルツに、ピースが食って掛る。 「あー。えっ、えーと、アルベリッヒ学院長はどうお考えですか?」 分が悪くなったワルツが、アルベリッヒに振った。 ・・・。 アルベリッヒを見つめる三人の教員。 「ピース先生。お気持ちは分かりますが、今回の学年戦は、より実践形式にしたいと考えております。」 「アルベリッヒ学院長、それは生徒に危険が及ぶとしてもですか?」 アルベリッヒ学院長が相手でも、ピースは一歩も引こうとしない。これが本当に生徒のことを思ってだということは、この場にいる誰もがわかっていた。 「そうです。今我が国が置かれている状況は、ダンジョンから溢れ出るモンスターと、リチャード氏の内乱によって危機的です。正直申し上げますが、本学の生徒も、いつ命のやり取りの必要性に迫られるとも限りません。」 故に、と、アルベリッヒは、ピースへきっぱりと告げる。 「それは・・・。そうですが。」 ピースが苦しそうに下を向いた。 「ピース先生。少々危険なのは承知しておりますが、彼らの命を守るためとここは呑んでいただきたい。」 「・・・。わかりました。学院長がそうおっしゃるなら。」 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー ブォン。 ミントのゴーレムが放つアイアンクロウの衝撃波が、空気を切り裂き、三上へ向かっていく。 「だから言ったのです!ゴーレムは危険だと!」 競技場内の職員観覧室。それを見ながら、ピースは吠えた。 ゴーレムのランクは通常D、だが、名門サルン家の製造するゴーレムは別格である。そのランクはC。熟練した兵士200人分の戦力に相当する。 いくら当学院の生徒が優秀だと言っても、未だ途上。とても相手になる代物ではない。 三上という生徒のためにも、早くこの試合を止めさせなければならなかった。 「・・・。」 詰め寄るピースに対し、アルベリッヒは、無言。 むしろ、大丈夫だと言わんばかりにお茶を啜っている。 「こんなときにお茶なんて、何を考えているんですか!今すぐ試合を止めさせてください。」 学院長とかこの際もう関係ない。生徒に危険が迫っているのだ。今すぐこの試合を止めさせなければならない。 ピースはその一心で、アルベリッヒに更に詰め寄った。 「ピッ、ピース先生。落ち着いてください。」 ピースをなだめようとするハーバー。 「うるさい!」 キッ!とハーバーを睨むピース。 えーと・・・。たじたじとなるハーバー。 「まあまあまあ、ピース先生。試合をご覧になって下さい。危険なのは、三上さんではなく、むしろミントさんの方かもしれませんよ。」 「学院長!さっきからなにをおっしゃってるんですか!」 ・・・。 「・・・嘘。」 試合は、ゴーレムが2回目のアイアンクロウを放つところだった。鉤爪から放たれる衝撃波が、空気を切り裂き、三上へ向かっていく。 このままでは切り裂かれる、ピースがそう思った刹那、三上はどこからともなく二振りのナイフを出し、その衝撃波を切り裂いた。 !?  有り得ない出来事に、ピースは目を見開く。 そして、一瞬の、瞬き。その間に三上の両手からは、先ほどのナイフが消滅していた。 三上が二対のナイフを出し、衝撃波を裂いて、ナイフをしまう。その間コンマ1秒。 恐らく、この学園でこれを視認できるものは、10人にも満たないであろう、超速。 その後、三上は、わざとよろけたふりをした。 ・・・。 職員観覧室を包み込む沈黙。 「学院長、あの子はいったい何者なのですか?」 もうパニックといった様子で、ピースはアルベリッヒの胸ぐらを掴み、尋ねる。 「彼はシルファ様の護衛です。」 「それは以前お伺いしました。しかし、あのような神業を扱える者が、只の護衛であるはずがないではありませんか。」 アルベリッヒの肩をぶんぶん揺すりながら、尋ねるピース。 「それは・・・。そうなのですが。ピース先生には、お見せしておりませんでしたね。これが、鑑定魔法で計測した彼のステイタスです。セキュリティ上の理由から、今は隠蔽魔法で隠してありますが。」 うんざりしたように答えるアルベリッヒ。 「まっ、こんなステイタスを持つ者が、この世にいるわけないではありませんか?」 ぶんぶんぶん。ピースがアルベリッヒの肩をさらに揺らしながら尋ねる。 「でっ、ですが、本当です。事実、彼は一人で朱妁5体を倒し、シルファ様とヤトリ殿の命を救った実績がございます。」 「まさか、本当に・・・。」 ・・・。 ・・・。 はっ! ここでピースは気付いてしまった。 何故今回の学年戦において、ダメージ軽減の魔法結界が張られ、生徒にあらゆる武器と魔法の使用許可を出したかを。 「あの規格外の生徒、三上優から他の生徒を守るため・・・。」 ぎくっ! アルベリッヒの顔が一気に蒼褪める。 「いっ、いやー。ピース先生に本当のこと話すと色々と面倒なので、黙っておこうとか、そんなことはないですよ。本当に。」 「がぁ~くぅ~い~んちょ~う!!」 ピースの蟀谷に青筋が浮かぶ。 「ひぃぃっ!」 脅えて小さくなるアルベリッヒ。 あっ、あんなに威厳のあったアルベリッヒ学院長が・・・。 ピースにだけは逆らわないでおこう。そう心に刻むハースであった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 学年戦第3戦。 競技場には、シルファと赤いフードを被った女の子、サーシャ・アマージュ・アビア・スルトが対峙している。 サーシャの手には弓。シルファの周りには、小さな子どもの妖精が3体。 「ライトニングアロウ!」 サーシャの弓から放たれる光の矢。 「りーちゃん、お願い!」 「あい!」 青い妖精が手にした盾で、それを弾く。 「みーちゃん、弓」 「ああい!」 緑色の妖精から放たれる5本の弓矢。 「ふん、フラッシュアロー!」 サーシャが放つ、30本の連射。 シルファが放った弓5本は全て撃ち落され、残りの25本がシルファへ襲い掛かる。 「りーちゃん、巨大盾!」 「あいあい!」 青い妖精の盾が巨大化し、シルファの前に出現。 カンカンカン! 巨大盾に弾かれる全ての弓。 ちぃ!舌打ちするサーシャ。 しかし、サーシャは見逃さなかった。 巨大盾の一部に小さなヒビができていたことを。 「フラッシュアロー!」 再び放たれる30本の連射。 「りーちゃん!」 再び出現する巨大盾。 「フラッシュアロー!」 連続のフラッシュアロー。 「くっ、りーちゃんもう少し!」 連続の巨大盾。しかし、 パキン! ついに巨大盾は砕け散ってしまった。シルファへ向かう無数の矢。 「シルファ!」 俺は、思わず叫んだ。 同時、 「あい!ああい!」 青と緑、2体の妖精がシルファの前で両手を広げ、 「りーちゃん、みーちゃん!!」 盾となり消滅した。 勝った!それを見てサーシャは勝利を確信する。 「ライトニングアロー!」 止めの一撃。しかし、ここで彼女は気づいてしまった。 「赤いやつが、いない!?」 直後、 がんっ! 後頭部へ鋭い痛み。 「お前!」 意識が消えゆく中、後ろを振り返ると、剣を持った赤い妖精が立っていた。 「あいあい!」 誇らしげに飛び跳ねる赤い妖精。 「あーちゃん・・・。」 シルファはそれを見てほっと息をついた。 「試合終了。勝者、シルファ・エイリス・フォン・アスナ!」 わーっ!競技場を割れんばかりの声援が包む。 うしっ!俺はその場で小さくガッツポーズした。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー 「シルファ、やったな!おめでとう。」 「はい!三上さん、ありがとうございます!」 「俺、はじめてシルファが戦っているところ見たんだけど、すごいな、あの妖精たち。」 「ふふふ。あーちゃん、りーちゃん、みーちゃんっていいます。私が小さいころからの、自慢の友達です。」 「小さいころから?」 「はい、そうです。私、実は同い年の友達が全然できなくて。よくお城の倉庫の中で泣いていたんです。それで、たまたま、そこにあった指輪にこの子たちが宿っていて、いろいろお話しするようになって、お友達になりました。」 シルファはそう言いながら、左手の小指を見せる。そこには、銀色の小さな台座に、赤、青、緑の小さな宝石が鏤められた上品な指輪がはめられていた。 「うわー綺麗だなー。」 俺は思わず息を呑む。 「ありがとうございます。お父様に7歳の誕生日プレゼントは何がいい?、って聞かれたときに、これ、って言って譲ってもらいました。」 「ははっ。7歳で指輪かー。お父さん、驚いてなかったか?」 「はい。もう、目を真ん丸にして。でも、この子たちが現われて、一緒に説得してくれたんです。本当に感謝しています。今回勝ち上がれたのも、この子たちのおかげです。」 「・・・。そっか。でも、シルファもがんばっていたこと、俺は知ってるぞ。こいつらも、そんなシルファだから、力を貸してくれたんじゃないのか?」 「あっ、ありがとうございます。三上さんにそう言ってもらえると、嬉しいです。」 シルファは真っ赤になり、俯く。 ・・・。 やべー、こっちがちょっと恥ずかしくなってきた。 「とっ、ところで、もうシルファは代表確定だなー。羨ましいなー。お、俺もがんばろーっと。」 俺は無理やり話題を変える。 「はい!三上さんだったら大丈夫です!応援しています。」 そう言いながら、キラキラした瞳で見つめてくるシルファ。 ・・・。やっぱりかわいい。 「おっ、押忍。」 結局、今度は俺が真っ赤になり、俯いてしまった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー キュイン!キュイン! 「くっ!がんばる、とはいったものの、な」 競技場内には50体はいようかというマリオネット。それらは、手にした剣で、一斉に襲い掛かってくる。 第3回戦。俺と傀儡師アピス・ロン・グイーネ・マーカスとの試合が行われていた。 「ふふふふっ!さぁ、どうだ、僕の奥の手、ワールド・オブ・マリオネットは!」 くっ! 俺はマリオネットから浴びせされる剣撃を、よろめきながら避ける。 「50体って、嘘だろ!」 この数は、問題だ。 2回戦まで、アピスは、5体までのマリオネットしか使用していなかった。 だから、想定していなかった。これだけの数が一気に襲い掛かってくるこの状況を。 もちろん、「スラッシュ」を用いて、これらのマリオネットを粉砕することは容易い。 しかし、それでは俺の力が他の生徒に知られてしまう。それだけは回避しなければならない。 護衛としての任務を果たすため、実力を隠すこと、これは、アルベリッヒとヤトリに強く念を押されていた。 「ははははっ、2回戦までの僕の戦いを見て、誤解したかい?たった5体のマリオネットしか扱えない小物だって。」 キュイン!キュイン! 浴びせられる剣撃。 「ひぃ!」 俺はそれを脅えたふりをしながら避ける。 「ははっ、三上の奴。腰が引けてるぜ。よかったなーアピス。代表はもう決まったんじゃないのか!」 観覧席から飛ぶ野次。 よかった。俺は、ほっと胸をなでおろす。まだ彼らは気づいていないようだ。 「でも、僕は違う。君は運だけの小物だろうけど、それ故に全力を出して、あらゆる可能性を潰す。代表になるのは僕だ!」 アビスは上機嫌だ。 マリオネットのやまぬ剣撃。 くっ! このままでは気付かれるのも時間の問題だ。 ・・・。 試したことはないが、仕方ない。 《火焔》《氷結》! ピコン。 「《火焔》に《氷結》の効果がエンチャントされました。これにより《黒雲》の効果が起動します。」 晴れていた空に突如、黒雲が広がる。 振り出す雨。 「なんだあ!雨、くそっ、僕のマリオネットが汚れちゃうじゃないか!もういい!とっとと終わらせてやる。いけ、お前ら!デス・サーカス!」 直後、マリオネットの眼が赤く光り、動きの俊敏さが増した。 「フハハ!、とっと死ね!」 「・・・もう、遅い。」 「はぁ?」 《雷鳴》。 ピコン。 「《黒雲》に《雷鳴》の効果がエンチャントされました。これにより《ライトニング・ボルテックス》の効果が起動します。」 バキバキバキッ! 大地を揺るがす轟音が競技場内に響き渡る。 「つっーーー!」 場内に響く、悲鳴。しかし、それらは、張られた結界により無効化され、瞬時に消え去った。 ・・・。 ・・・。 数秒の沈黙。 残ったのは、黒焦げになったマリオネットの残骸と、二人の競技者。 「おっ、おい!嘘だろ、俺のマリオネット・・・?うわぁぁぁ!」 競技場内に響き渡る悲鳴。 そして、アピスは絶叫しながら、気絶した。 ・・・。 「そこまで!勝者、三上優!」 ワルツが試合終了を宣言する。 ・・・。 場内を包む沈黙。 パチパチパチ。 そこに、全力で拍手をする一人の少女、シルファの姿があった。 ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー
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