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「――それに、あなたも産後間もないのに、そんな薄着で出て歩いてはダメ。産後の肥立ちが悪くて、なんて今の若い人には笑われるかもしれないけれど、本当に無理が後々身体を壊しかねないのよ」
「はい……」
「母さん! そんなに捲し立てることないだろ」
「イヤならあんたがしっかりしなさい!」
定員六人乗りのエレベーター内で繰り広げられる嫁姑、母子の会話に、俺と彩は完全に居場所をなくしていた。
彩は心配そうに冨田に寄り添い、俺は壁に寄りかかって眺めている。
他人事だから口を出す気はないが、強いて言えば、冨田のこんなにしおらしい姿は初めて見た。
そうこうしているうちに、エレベーターは七階に到着した。
すぐさま冨田が玄関の鍵を開ける。
千堂母に言われて心配になったらしく、足早に子供たちの元へ向かう。
さて、どうしたものか。
こうなれば、彩のシッターはお役御免だろう。
俺は玄関前で、一行の背後から声をかけた。
「千堂さん」
千堂母が振り返る。もちろん、千堂も。
「ご挨拶が遅くなりました。息子さんの同僚の溝口です。妻共々、いつもお世話になっております」
お世話をしているのは九割がた俺と彩だが、この場合は仕方がない。
「母さん。部長の溝口さんと、奥さんの彩さん。彩さんは元同僚で、凪子とも親しいんだ」
ワンテンポ遅れて、千堂が俺たちを紹介する。
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