1.妻に贈る、母の日

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「次は真に食わせてやれよ」  そう言うと、彩は俺の首筋にキスをした。 「ありがと」  今日が週半ばでなくて、今が午前一時近くでなければ、このまま彩を抱くところだが、今日は週半ばで、今は午前一時近く。  さすがにそんな体力はなく、俺も彩もそのまま眠った。  札幌本社に営業部長として戻ってから、引継ぎやら挨拶回りやら、会議やらで連日この時間の帰宅だった。  冨田――前任の千堂部長は、俺と入れ替わりで早めの産休に入り、肩書が『アドバイザー』になった。本人は平社員扱いでいいと言ったのだが、そうなると役職手当がゼロになり、産休手当も減る。なにより、復帰した時に、元部長が元部下と肩を並べて電話応対するなんて、他の社員がやりにくいだろう。  というわけで、彼女の為の肩書を作った。  もちろん、肩書を用意した分は働いてもらう。  自宅で安静にしている彼女には社用のスマホを持たせており、俺や課長に連絡がつかない時は彼女に指示を仰ぐように部下たちに伝えてある。  千堂の話では、安静が必要ではあるけれど元気だから、社用のスマホが鳴るのを心待ちにしているらしい。  因みに、千堂夫婦はひと月半前から俺の住んでいたマンションで暮らし始めた。  マンションのローンはほとんど払い終えていたから、貯金で完済し、おおよその相場で千堂夫婦に売却した。そして、その金を頭金にして、彩の実家と徒歩十分の距離で売りに出されていた築七年のこの家を購入し、最低限のリフォームをした。
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