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1.妻に贈る、母の日
「お帰りなさい」
一緒に暮らし始めて三週間になるが、この言葉には未だにニヤケてしまう。俺は後ろ手にドアを閉めて、彩を抱き締めた。
「ただいま」
彩の手が俺の背中に回される。
「お疲れさま」
「マジ、疲れた……」
「ご飯は?」
「食う」
「温めるね」
「ん……」
彼女の身体を手放す前に、唇を重ねる。
俺がそれを望んでいるとわかっているから、彩は自ら顔を上げ、目を閉じる。
ドアの向こうで足音が聞こえ、舌を差し込むのはやめた。足音は階段を下りてきて、リビングのドアを開ける。
その瞬間には、彩は台所で鍋を火にかけ、俺はコートを脱いでダイニングの自分の席に座っていた。ネクタイを緩める。
「お帰り」
「ただいま」
「まだ、寝ないの?」
「もう寝る」
あと二十分で日付が変わる。
他の中学三年生がどうなのかはわからないが、真はこの時間まで起きて、勉強している。毎晩。
「学校で眠くならないのか?」
「六時間寝れば、大丈夫」
「そうか」
「うわっ、ずり!」
水を飲みに台所に入った真が、彩の手元を覗き込む。
「何言ってんの。真もさっき食べたでしょ」
「中トロは食ってない!」
「味の違いなんて分かんないでしょ。真は質より量なんだから」
口を尖らせて文句を言う真を尻目に、彩が皿を俺の前に置く。缶ビールも一緒に。今日は、刺身だ。赤みのマグロ、中トロ、エビ、サーモン、イカ、ホタテ。
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