第三十六話:

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死に際の集中力により、一瞬にして人生の記憶がフラッシュバックする、いわゆる走馬灯がゴラーエフの脳裏を過ったその時。 セマルグルの背後から、凄まじい衝撃が走り、機体が一気に吹き飛ばされてゆく。 『ッ! ?』 『ブリューナクランチャー、Eモード………!!』 『ヴァイスフェンサー………!!』 針の穴を通すかのような、まさにここしかないという(まぶい)断ちの間隙を、右腕部、左脚部を失いながら通り抜けるセマルグル。 まさに、奇跡と言っていい軌道。 否。 これは、奇跡などではなく必然。 あの少年兵、ヴァーシュ・ブロウニングが導き出した計算ずくの緊急回避だった。 『申し訳ありません、少佐。フレンドリーファイア紛いの強引な方法しか、もう打つ手が………』 『いや………完璧な判断だったさ………』 四肢の一部を失い、もう満足に動くことさえできないセマルグルが、駆けつけたロシア軍の機体に保護され、離脱してゆく。 必殺、必死であったはずの一撃を、なんとか回避することができたのだ。 『おや、逃がしたか。やるものだな。』 ベーオウルフの言葉に、悔恨といった色は微塵も浮かんでいなかった。 取り逃がしはしたが、別段気にも留めていないといったニュアンスである。 『ベーオウルフ………!!』 『それで?次の相手はお前か?』 アルトアイゼンアビスと対峙する形となったヴァイスフェンサーへ、緊急通信が入ったのは直後のことだった。 『こちら、イルリヒト。なんとかかんとかだが、こちらは撤退の目処は立った。』 『こちら、シルファリオン。ギリギリだけど、なんとか逃げ切れそうよ。』 各国の軍勢の奮闘もあり、人類側のほとんどは、既に戦闘区域外の離脱に成功したという。 もっとも、そのための犠牲は少なくはなかった。 あくまで平均してだが、撤退が成った数は、全体の3、ないし4割程度。 つまり、半数以上の機体が、逃げ切れず撃墜されてしまったのだ。 この状況では、コックピットごと潰された者が大半だろうし、よしんば脱出装置が機能したとして、人外異形だらけの戦場に放り出されては生存の目はゼロに等しいだろう。 『一体、自分が何をやったのか、わかっているのかよ………!?』 『当然だ。やったのは、人殺し。数など知らん。差し当たり、たくさんなのは確かだろう。』 『そういうことを言ってるんじゃない………!!』 もしかしたら。 もしかしたら、このベーオウルフという存在の中に、まだ「彼」が。 己の「親友」の欠片が残されているのではないか。 そんな淡い希望が、風に吹き飛ぶ塵芥のように、呆気なく消え去ってゆく。
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