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メイちゃんと仲良くなったのは、三年生の、夏休みが明けたころだった。
メイちゃんは、夏休み中に行われたピアノコンクールで優勝したらしく、音楽の時間、みんなでメイちゃんのピアノのかんしょう会をした。
ひまりは、クラシックにあまり興味がなかったし、このころは、ハルトくんをミオちゃんにとられて、毎日むすっとして過ごしていた。
けれど、メイちゃんのピアノをきいたしゅんかん、どろどろとよどんでいた心の中が、とうめいな水でじゃぶじゃぶと洗たくされているような、そんな気持ちになった。
けんばんは、メイちゃんの指といっしょにゆかいにおどっていて、奏でられた音は、スーパーボールみたいに元気にはねたり、小川のようにゆるやかに流れたりした。
メイちゃんの演奏に感激したのは、どうやらひまりだけではなかったらしい。
演奏が終わると、みんながいっせいに、わっとメイちゃんを取り囲んだ。
ひまりも、メイちゃんにこの感動を伝えたかったけれど、一、二年生のときは、メイちゃんとおなじクラスじゃなかったし、話をしたことも、もちろんなかった。
ひまりだけ、気持ちを伝えるタイミングを、すっかりのがしてしまった。
そんなある日のこと。席がえで、メイちゃんのとなりになれた。
とてもきんちょうしたけれど、ひまりは勇気をふりしぼって、メイちゃんに話しかけた。
メイちゃんの演奏に感激したこと。ふだんクラシックなんてきかないのに、夢中になってきいてしまったこと。心の中のもやもやが、洗たくしたてのシーツみたいに、真っ白になったこと。
とにかくすべてを伝えたくて、ひまりは見ぶり手ぶりで、一生けんめいに伝えた。
感想をじょうずに伝えることはできなかったけれど、メイちゃんは、ほほえみながらうれしそうに聞いてくれた。そして、ぜんぶを聞き終わると、あのわたがしの声で「ありがとう。ひまりちゃん」と言ってくれた。
メイちゃんがひまりの名前を知っていたことにもおどろいたけれど、メイちゃんに、
「どうして心がもやもやしてたの?」
と聞かれたときは、もっとおどろいた。
まさか、聞き返されるなんて思っていなかったから、ひまりはあせって、ぺらぺらと本当のことを話してしまった。
すると、メイちゃんはいっしょになっておこったり、悲しんだり、笑ってくれたりした。
いい子だな、お友だちになりたいな、なんて思っていたら、いつのまにか休み時間もいっしょにいるようになって、移動教室のときも、メイちゃんとふたりで移動するようになった。
メイちゃんはいつも、ひまりのとなりで、笑ってくれていた。
「ひまりー。ひまりーっ」
お母さんの声で、はっと我に返る。
いつのまに自分は、家に帰ってきて、ご飯を食べて、部屋にもどっていたのだろう。
メイちゃんのことばかり考えていたから、学校を出てからのきおくがない。
「……はーい」
気のない返事をしながら、ひまりはイスから立ち上がった。
部屋を出て、なあに? と、階段の下をのぞく。
お母さんが、電話機の子機を持って、ひまりを見上げていた。
その表情が、いつもの元気なお母さんじゃなくて、胸さわぎをおぼえる。
ひまりは、あわてて階段をかけおりた。
「どうしたの? お母さん」
「メイちゃんのお母さんからよ」
「え?」
「メイちゃん、まだおうちに帰ってないんですって」
「ええっ」
ひまりは、あわてて子機を耳に押しつけた。
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