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***
病室に戻ると、看護師さんがいて、何かを調べていたのか、僕とすれ違いになるように病室から出て行った。
深夜の病院は、思っていたほど怖くなく、電気が明るい。
規則的に鳴り、規則的に赤く光る機械。
ただ。
心拍数であろう緑色の部分が。
規則的には動いていない。
機械の音に鼻水をすする音がまじり、僕は涙が感染しそうになり、泣いちゃいけないと必死に体のどこかに力を入れた。
40。
30。
20。
と、だんだん減っていく、心拍数であろう数字の部分。
脈打つ線が、一直線になると、聞きなれない音に変わる。
「ピーーーーーーーーーーー」
***
看護師さんが病室に呼んで来たのか、白衣を着た、見たことのない医者が来て、胸ポケットから何かを取り出したかと思えば、ばーの目を左手で開き、ペンライトで目を照らして何かを確認していた。
僕は、ドラマで見たことあるシーンだと思いながら客観視した。
「ご臨終です」
医者がそう言いながら僕たちに手を合わせ頭を下げると、
「ピーーーーーーーーーーー」
と、いう音を、看護師さんが止めに行った。
病院に到着してから、ばーが死ぬまでは、ほんの少しの時間のことで、
「ピーーーーーーーーーーー」
の、なくなった部屋は、嫌に静かに感じる。
「そしたら、マスク外しますね」
看護師さんが声を出す頃には、見たことのない医者は部屋から出て行き、変わりに看護師さんがもう1人来た。
(たぶん夜勤の医者なんやな。)
(大変な仕事やなぁ。)
なんて思っていると、看護師さんがばーの口から大きな酸素マスクを取り外した。
(え。)
僕は驚く。
ばーの顔が。
ばーの顔じゃなくなっている。
まるで、テレビで見る宇宙人。
宇宙人のような顔になっている。
(なんやあれ。)
(どないなっとんな。)
(酸素マスクのせいか?)
人間である人の顔が、まるで人間ではないような表情になってしまっていて、驚きと悲しみと戸惑い。
味わったことのない感情が絡み合う。
***
父親は、無表情。
じーは、顔を真っ赤にしている。
母親は、少し冷静になったようだ。
僕は、冷静を装って立っている。
「ほれってあれですか?」
僕は重たい空気を切り裂く。
「はい?」
看護師さんが、点滴の管を外そうとしながら返事した。
「ずっと酸素マスクしとったら、ほないなってしまうんですか?」
ばーの顔をもう1度確認してから、看護師さんに質問する。
「そうですねぇ……圧迫してしまうんでねぇ」
僕は頭の中で現実を理解して、重たい空気から逃げ出すように病室を出る。
***
どこに行きたいわけでもなく、廊下を歩いて、突き当りまで行ってUターンすると、父親達が病室の前にいる。
どうして廊下にいるのかと聞くと、何やら着替えをさせるから部屋から出るようにと言われたらしい。
僕は、身近な人の死と言うものを実感しつつも、いまいちピンときていないような、不思議な状態である。
葬儀屋の電話番号を調べて父親に教えると、
「こんな夜中に電話して誰か出るんかぁ!?」
と、疑問を飛ばしながら父親が携帯電話を耳に当てたものの、誰かと会話をしているから、誰かが電話に出たのだろう。
「着替え、終わりましたので」
看護師さんの声とともに、僕達は部屋に入る。
「すいません」
僕は看護師さんに話しかけ、足を止め、体の向きを変えて足を進める。
「これからどうしたらいいんですか?」
「こ、これからとわ?」
看護師さんが不思議そうな顔で聞き返した。
「死んだじゃないですか。これから葬式までは、どないしたらいいんですか?ばーは、どーやって運ぶんですか?」
「あの、葬儀会社さんって、どこか入られてますか?」
「あっ、たぶん父親が今電話しよると思うんですけど」
「じゃぁ、そっちは大丈夫ですね。たぶん今先生が、死亡診断書作ってると思うから、待っといてもらえますか?」
「あの、荷物とかは、僕やが帰る時に全部持って帰ったほうが良いんですかね?」
「そーう。ですねぇ。はい。持って帰られたほうがー。はい」
「あ、わかりました。お世話になりました」
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