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***
父親に、セデーションについて話した次の日。
僕はまた病院に行った。
病院に行くと、カラスのくちばしのような酸素マスクが、なんだかごつい物に取り換えられていて僕は驚いた。
アメリカの映画で見る、戦闘機のパイロットがしているようなマスクを口につけている。
大きなマスクの先には、細い掃除機のパイプのような物が繋がっていて、頭の横に置かれた台の上には、見慣れない黒い小さな機械が置かれている。
(なんやこれ?)
ノートパソコンくらいの大きさの機械には、また、丸いダイヤルが取り付けられていて、数字が書かれている。
(あー。これでまた強さ変えるんか。)
頭の上に取り付けられていた、水のような物が沸騰している機械は、止まっていて、ダイヤルの数字が0になっていることに気がついた僕は、酸素マスクが、なんらかの事情で交換されたのだと悟った。
そして、わかったことがもう1つある。
(これは、わるーないよんなぁ。)
素人なりに、そう、判断した。
***
今日は、お昼ご飯は、運ばれてこなかった。
病室で何をするでもなく。
誰が来るでもなく。
たまに、看護師さんが点滴の交換に来たり、様子を見に来たり。
介護士さんであろう人がオムツの交換に来たりした。
「この点滴の液がなくなったら、また教えてもらってもいいですか?」
頼まれた僕は、
「はい」
と、30代くらいの看護師さんに返事をして。
1滴。
1滴。
ポタッ。
ポタッ。
と、マイペースに落ちていく点滴を観察しながらパイプベットに転がった。
点滴の袋から水分がなくなると、ばーの頭の上にある、ナースコールのボタンを押し、
「点滴なくなりました」
と、伝える。
そんな行為も、もう何度か経験したから、慣れたものだ。
いつになく、覇気のないばー。
僕は、なんだか耐えられない独特の空気に、早めに病室を出た。
***
夜ご飯を食べ終わり、自分の部屋で転がっていると、机の上に置いた携帯電話が鳴る。
父親だ。
(なんの用事や?)
僕は不思議に思いながら電話に出る。
「はい」
「あっ、もしもしー」
「なにー?」
「あのー、あのなー。こないだ言よったやつしよーかと思うんやけど、いいなぁ?」
「え?なに?こないだ言よったやつって?」
「セデーションや言うやつよ」
「え!?セデーションするん!?いつ!?」
思わず大きな声で聞き返す。
「さっき先生と話しして、しよーかと思うんやけど、お前ばーに喋りたいことやとくにないだろぉ?」
「んー。まぁ。とくにないけど。先生できるって言よったん?」
「あのー今しよる点滴がステロイドパルスや言う点滴の治療らしいけど、今日の昼でほの点滴はもー終わったんやと」
「うん。ほんでー?」
「ほんでほれしてもよーないよらんけん、できるらしいわ」
「なんでまた急にしようと思ったん?」
「なにがー?」
「セデーションよ」
「ああ。ばーもせこいんや知らんけんど、もう殺してくれって。ちいさーい声でとーはんに言うたんよ。2人でおる時に」
(えーーーーー!?)
「ほーなん。ほな本人がほない言うんだったらほないしたらいいんちゃうん」
「ほなもうするぞ?いいなぁ?」
「えっ、ちょっ、ちょっと待って」
「なんなだぁ?」
「ほれって薬入れたらすぐに死ぬん?」
「いや、なんやばーは、たぶんすぐには死なんよーに言よったわ」
「え?ほれはなんでなん?」
「ばーの場合は肺が悪いだけで心臓や他の部分が悪いわけではないけん、すぐには死なんだろーって言うたわ」
「ほれほないつ死ぬん?」
「ほれは医者でもわからんのやって」
「ほーなん」
「とーはん今日はとりあえず病院に泊まるけん、ほーやってかーはんに言うといてくれだ」
「え!?もんてこんの!?」
「おー。まぁちょっとおってみるわ」
「あぁ。わかったー」
「かーはんにも今言うたこと言うといてくれよ」
「うん」
「じーには言わんでいいけん」
「なんで?」
「アホやけんまためんどくさーいこと言うたりしたらめんどうなけん」
「あぁ。わかったわかった」
「かーはんに黒、用意しとくよーに言うといてくれよ」
「うん」
「お前わ?もうこーたんか?黒」
「あぁ。こないだはるやまでこーたよ。部屋に吊ってある」
「ほーか。ほなまぁまたなんかあったら電話するわ」
「うん」
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