僕がニートを卒業しようと決めた日

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*** 帰り道。 少し早い時間だったけど、2人で来来亭のラーメンをすすった。 醤油ベースのスープは、体にじんわりと染み込んでいき、旨みを感じながら咀嚼した。 昼からはいつものように帰って昼寝をし、目が覚めたら夜ご飯を食べる。 今日も父親は、病院に泊まると母親に電話があったらしい。 いつもよりさらに静かな家で、いつものように過ごす時間。 ただ、いつもと少し違ったのは、容体があまり良くないことを理解したじーが、病院まで1人で車を運転して行ったことに腹を立てたことくらいだ。 あれだけ毎日喧嘩をしていて、若いころには殴る蹴るの暴力をしていたやつが、何が心配なんだと。不思議にさえ思った。 都合の良い時だけ。都合の良い奴だと。腹を立てた。 そんな感情も一瞬だけ湧き上がったけど、すぐにどこかへいった。 静かな布団の中で、喧嘩のない平和さを噛みしめる。 僕は、今日も。 *** 朝起きて、ご飯を食べて薬を飲む。 いつもと変わらぬ日常に、声が差し込む。  「おー!ゆーやよー!」 階段の下から大きな声が差し込んできた。  「なにー!?」 僕は大きく返事する。  「ばーはあれ、どないなっとんぞー!?」  「なにがよー!?ちょっと降りていくけん待って!」 大きな声を出していると疲れる。 朝からじーの大きな声を聞いていると疲れる。 僕は急ぎ足で階段を下りる。  「なんなだ?」 イラッとしながら言葉を発する。  「おお。昨日なぁ。わしーずっーと、背中さすってやったんじょ」 (またこいつ。いらんことして。)  「ほたらお前、ずっーーーっと寝とんぞ」 (当たり前だろ薬で寝かせとんやけん。)  「ああ。ばーはずっと肺の病気だっただろ?」  「おお」  「ほんでよー咳しよっただろ?息苦しそうに」  「おお。わしやもー。隣の部屋で毎晩せいてせいてされて夜や寝れへんわだ」 (んなこと聞いてないわほんまこいつ。)  「意識があったら息がせこーて苦しいけん薬で眠らせとんじょ」  「薬って、お前、あのー、睡眠薬よーな寝るやつか?わしも飲んみょるー」 (ほんな軽い薬ちゃうわボケ。)  「あぁ、まぁほーじょ」  「あんなごついやつ口につけてなぁ」  「うん」  「せこいんかえなとおもーてわしー最初に話しかけよったけんどお前、返事せんでぇ」 (ほらせーへんわなぁ。)  「んで、おかしーなーと思って詰所に行たんじょ。ほたら今寝とるけんねーやて看護婦が言い腐るんじょ。背中さすっても起きーへんのぞ」  「本人はもう意識ないけんなぁ。ほら起きへんと思うよ」  「こやーってなぁ。いけるかーちゅーて。さすったんじょ」 (何がいけるかなあんだけ喧嘩しよって。)  「おー。ほなけどばーも寝とるけん今度は見るだけにしときよ」  「いつ起きるんなだ。ばーわ」  「んー、たぶんもう起きんとは思うけどー」  「もう起きーへんのか?おばーはん」  「ほらまぁちょっとよーなったらまた起きるけどな。今のとこは寝かせとるほうが本人も楽やけんな」  「わしーがあの日カラオケがあるけんあさー出ていたんじょ」 (知っとるがな。)  「うん」  「ほでお前が病院つんで行ただろー?」  「うん」  「あの前の日からよー咳しよったんにもっとはよー病院にわしがつんでいといたらよかった」  「まーなー」  「もう治れへんのか?」  「元々が難病やけん治る病気ではないでーな。ばーわ」  「ほなけどわしーやってぇ、腸にカメラ入れたらヨーグルトようなんがお前、ついとんぞー。飯が食えんで痩せて困った」 (ほなけんお前のはたいした病気でないだろが。) (もう何回も聞いたわ。)  「じーのんは治るやつやけど、ばーのんはまだ今の医学でも原因がわかってない治らん病気やけんな」  「ほなけどわしやってぇーこのヨーグルトよーなんはもうとれましぇんて、先生が言よったわ」 (やぶ医者がアホに適当なこと言いやがって。)  「おお。ほなまぁじーも気つけてなー」  「おお」  「ほんで車の運転あんまりせられんよ」  「車の運転するなったってお前、車がなかったらなーんじゃーどこや行けんわだ」  「まぁほーやけど。町内ぐらいにして、またばーの病院に行きたい時は、わいかとーはんに言いなよ」  「ほないとおーないでないかだ」  「ほなけど車よーけ走って危ないけんな。じーはよー事故するだろ」  「ほない、事故やせーへんわだ」 (こいつほんま。)  「まー気つけてくれよ。ばーが入院しとんのに今じーになんかあったらとーはんやかーはんがもっと大変なけんな」  「おお」 ***  「ゆーや!ちょっと!」 (なにもう!)  「ちょっとゆーや!起きて!」  「何よもぉ。いま何時よー」 僕は部屋の電気をリモコンで点ける。  「今とーはんから電話あってばーさんが危ないって!」  「うそお!?」 布団を振りほどく。 (まだ2時かよぉ。) 枕元の時計が、2時5分を示している。  「先生が家族の人来れるんだったら呼んでくださいって言うたらしいわ!」  「うっそ。ほなはよーいかな」 体を無理やり起こし急いで立ち上がる。  「あぁぁぁ、立ちくらみぃ」  「じーさんわ!?どないするん!?」  「いやほれは言うてきたら。わいちょっと着替えるわ」  「いやいや私やって着替えなパジャマやし」  「えっ、急いで行ったほうが良いんよなぁ!?」  「急がんとゆっくりこいよってとーはんは言よったけど」  「ほなちょっととりあえずじーに言うてきてだわいちょっと体を起こすわ」  「わかった」 母親は急ぎ足で階段を下りて行くと、下でじーを起こす声がして、じーが起きたのか、話し声がする。  「ちょっとー!!」  「なにーもー!」 僕は座椅子の上から大きな声を出す。  「じーさん自分の車で行くって言よるんやけどー!!」  「えー」 (なんじゃほれ。)  「とーはんは3人で来いよって言よったんやけどー!!」 (くそじじいほんま。)  「勝手に行かしだー!!」  「かんまんのん!?とーはん怒るじょ!?」 急ぎ足で階段を上ってくる母親。  「言うこと聞かん奴はしゃーないわ。ほんなことよりかーはん着替えて」  「ちょっ、ちょっ、待ってよ私」  「わいもーいつでも出れるけん」  「ちょっと待ってよ着替えるけん」 母親にかかってきた父親からの電話から、家の中が騒々しく動きはじめる。 油断していた時間。 予想していなかった内容。 バタバタと、それぞれが用意する。
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