僕がニートを卒業しようと決めた日

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***  「バタン」 玄関の扉が開く音がして、閉まる音がした。 (なんやじーもー行っきょんか。) 母親の準備を待っていると、僕達よりも早い動きのじーにびっくりしながら水を飲んでいると、  「ちょっとあたし化粧わ!?」 と、廊下から声がした。  「ほんなん車の中でパッーっとしいだもう行けるん!?」  「化粧せんのだったらもう」  「ほなわい外に出とくけん玄関の鍵閉めてよ」  「はいはい」 僕は階段を下り、車の鍵を開けてエンジンをかける。 (真っ暗やないか。) 車のライトを点けて、運転席でボッーっとする。  「はい、おまたせ」  「バン」 母親が急いで車に乗り込み扉を閉める。  「玄関閉めたん?」  「うん」  「ほなもう行くぞー」  「ちょっと待って!化粧するったってくらーてなんちゃ見えんわよこんなん!」 僕はハンドルから手を放し、車の真ん中に取り付けられたルームライトに手を伸ばす。  「これでいけるなぁ!?行くよ!?」  「はい、どーも」 の、声と共にギアをDに入れ、サイドブレーキを左足で解除する。 車庫を出て、左折。 直進して、右折。 左折。 右折。 道なりに直進。 auショップを右折。 橋の手前を左折。 僕は法定速度など無視して神経を尖らせながらハンドルを握りアクセルを踏んだ。 赤黄青の信号の多くは、夜中だから点滅の黄色の信号になっていて、僕はとにかく急いだ。 急ぐ僕を歓迎するかのように、赤くなった信号がタイミング良く青になる。 まるで何かが僕を歓迎しているような、僕達を早く病院に到着させようとしているかのように、信号が青に、黄色の点滅にと、病院の駐車場まで僕はノンストップで車を走らせ続けた。  「なんや信号がみな青に変わるわよ」  「ほーえー。ほーいやー1回もまだ止まってないなぁ」 運転をしながら会話をしたのは1度だけ。 僕はギアをPに入れ、左足でサイドブレーキを踏みしめる。 *** (じーもう着いとるな。) 駐車場を歩いていると、じーの車を見つけた。 夜中の病院の駐車場は、なんだか不気味で薄暗い。 薄明りの点いた廊下を2人で小走りに進み、エレベーターに乗り込み4の数字を押す。 4階に到着するとエレベーターの扉が開き、僕は急いでばーの病室の扉を開くと、いつもは鳴っていない音が鳴っている。 (これわ。) 僕ははじめて生で聞く音に戸惑う。 ばーの左側に置かれた、血圧やら心拍数やらが表示されている機械が赤いランプを点滅させながら、鳴っている。  「ばーわ?」  「まだ生きとる」 父親が、小さな声でボソッと言った。 ベットを見ると、いつものように寝ていて、いつもと変化のない、いつものばーのように見える。  「何や夜中寝とったら急に看護師やが入ってきてよ。ほんで先生も来て家族呼んでくれや言うけんよ」 父親が、僕の隣まで寄って来て、ボソッと話す。 じーは、ばーのベットの横に呆然と立ち尽くし、白い顔のほっぺたを真っ赤にしている。 鬼の目にも涙なのか。 犬猿の仲の嫁姑関係を続けてきた母親の顔を見て、見ちゃいけないと思い僕はスッと目線をそらす。  「とーはんこれ死んだらどないするん?」  「え!?」  「これって死んだらどないするん?お寺に電話?葬儀屋に電話?」  「いーやー。とーはんもこんなん初めてやけんわからんぞー」 困ったような顔で頭の後ろで手を組む父親。  「あんた寝たん?」  「おお。看護師が入ってきて目が覚めたわだ。葬儀屋ったってお前、ばーやなんかどっか入っとんか?わい知らんぞー」  「ばーはたぶんセレモニーホールじゃわ。何ヵ月か前に営業が来てなんやしよったもん」  「ほなー。お前。番号わかるん?」  「ええ!?ほんなんすぐに言われても調べなわからんがな」 僕は携帯電話に手を差し伸べる。  「まぁ。まぁ今はまだいいわだ。死んでからでいいわだとりあえず」 部屋の中には、独特の張りつめた空気が漂い、機械がエラーを示すような音が規則的に鳴り響く。 僕は重たい空気に耐え切れず、トイレに向いて足を進める。
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