僕がニートを卒業しようと決めた日

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*** 1月1日。 世間はお正月。 テレビを点けるとお正月番組の特番をしている。 めでたいめでたいと正月の挨拶をしているが、我が家は昨日、告別式を終えたばかりだ。 朝からそんなにめでたい気分にもならない。 土日祝日の関係ない仕事をしている父親と母親は、1月1日だと言うのに、仕事に行っている。 いつもなら2人の喧嘩をする声で目が覚める日常だが、目が覚めても物静かな空気感に、少しだけ心がスッキリする朝。 やるべき行事を無事終えて、僕はばーの部屋に行く。 遺品整理だ。 と、言うよりは、通帳探しだ。 ばーの部屋にはまだ誰も手をつけておらず、ばーが生きていたままの状態になっている。 いくら貯めて死んだのか気になった僕は、こそっと棚を開けたり閉めたりする。  「おばーはんのもん、片付けよんか」  「ん?んー」 トイレにでも行くのか、じーが廊下から話しかけてきた。  「おばーはん、よーけ持っとるか?」  「何をー?」 僕はテレビの下の引き出しを引っ張りながら振り返る。  「金じょ。金」 (なんや。考えること一緒かい。)  「いやー。わからーん」  「葬式でよーけいたんだろ?」  「んーなんや80万かほこらって言よったぞとーはん」  「わしーさっき母屋いとってなー」  「んー」  「あんたは子がおるけん死ぬ時、気つけよーやて言うんぞ」  「どーゆー意味?」  「わしー子がおるんじょ」  「あー?とーはんだろー?」 開けた引き出しを閉めながら聞き返す。  「わしーよそに子がおるんじょ」  「はぁ!?」  「わしも昔のことやけんわせとったわだ」  「はぁ!?」 僕はもう1度聞き返す。  「母屋のねーさんがなんやー。わしが死んだら晃とはぶんずつになるけん晃君困るでよやて言うんぞ」  「いやいやどーゆーこと!?どこに子供おるん!?」  「わしーばーと結婚する前に結婚しとんがおったんじょ」  「はー!?」 思わず立ち上がる。  「ほで、腹の中に子がおるあいだにー離婚しとんやけど。ほれがわしの子になるっちゅーてなーねーさんが」  「どこにおるん!?」  「ねーさんか?」  「違うわ子供じょ!」  「ほんなん、わしー知らんわだー」  「知らんって、ほんなんとーはん知っとん!?」  「ほらぁー言うてないけん知らんだろぉ」  「ほなとーはんには顔も知らん兄弟がおるってこと!?」  「えーと」  「はぁ!?ほんなんばーやって知っとったん!?」  「ほらぁ知らんだろぉ。言うてないんやけん」 (なんやこいつ。)  「ほな隠し子がおるってこと!?」 (なんちゅータイミングで言よんな。)  「隠し子でやないわだ。ただよそに子がおるってだけじゃ」 (ばーもとーはんも知らんてどないなっとん。)  「家族に隠しとる子供がおることを隠し子って言うんだろ!?」 (暴力だけでなしにバツ1子持ちかい。)  「隠してやないわだ。わっせとっただけじょ」  「隠しとったんだろ!?ばーと結婚するとき!?」  「ほらぁ。お前、結婚する前に結婚しとるやバレたらかっこ悪いで」  「何考えとんな!!隠し子がおるってどーゆーことかわかっとんか!?」 強い口調で声を出す。  「何を急に、ほんな大きい声で言よんな」  「ばーやほんなん知らんまま、ほら遺産は半分するけん困るわ!!」  「ほない大きい声」  「とーはんやかわいそうでないかだ!!なんなだほれ!!我が親が死んだとおもーたら我が親に子供がおって顔も知らん兄弟がおるやてほんなことがあるか!?」  「ほない、別にかわいそーでやないでないかだ」  「人の気持ち考えれんのか!!」 僕が大きな声を出すと、廊下をトイレの方向に向いて足を進める。  「自分が何しとるかちょっとよー考えろよ!!!!」 僕はじーの背中に向いてさらに大きな声を出す。 *** 僕はばーの部屋を出て、急いで自分の部屋に戻りパソコンの前に座った。 ネットを開き遺産の振り分け方を検索すると、やはり兄弟で半分になっている。 (ばーの遺産どころでない。) (じーの遺産どないかせな。) 僕は1人で焦った。 我が家の土地は、じーの名義だからだ。 (金がないのに家がなくなってまう。) ネットから情報を収集しながらどんどん焦った。 (土地や半分に分けるったって、土地の上に家が建っとるけん無理やし。) (ってことは土地の半分の金額を現金で払えってか。) (ほんなん金ないけん無理やし。) 年中、事故をするじー。 80を超えている年齢。 明日事故を起こして死ぬかもしれないし。 明日車に轢かれて死ぬかもしれない。 (今死なれたら困る。) 僕は遺産相続について、暗くなるまでネットの中を徘徊した。 相続税。 生前贈与。 遺言書。 弁護士。 税理士。 司法書士。 はじめて見る情報を、自分なりに理解して、自分なりに吸収した。 じーに今貯金がいくらあるのかとか、そんなことを聞きに行こうとも思ったが、腹が立ってそんな気分にならなかった僕は、晩御飯を食べたあとに、またパソコンの前に戻った。 今は、父親とじーの話声が真下から聞こえてくる。 何の話をしているのかは、想像がつく。 時折聞こえる大きな声が、何の会話をしているのか、僕にわかるように確実なものとしてくる。 (家と金どないかせな。) 強い気持ちで画面を見つめる。
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