僕がニートを卒業しようと決めた日

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***  「トントントントン」 足音でわかる。 何を話しに来たのかもわかる。 父親が、階段を上ってきている。  「お前、聞いたんだろー!?」 パソコンの画面を見つめる僕の背中に父親の声が突き刺さる。  「聞いたよ。じーだろ?」  「こんなっ。ドラマみたいなことあるかー!?」 振り向くと、父親が笑っている。  「ほんまなー」 僕は複雑な気持ちで返事をする。  「ドラマでーなーこんなん」  「ほーやなー。ドラマでよーあるパターンやなー」  「顔も見たことない兄弟がおるんぞ」  「ほんまなー。昼ドラみたいなな」 「ほんまじょだ」 笑いながら声を出す父親の顔は、面白いから笑っているようには見えない。 「ところでとーはん」  「なにー?」  「この家の土地ってまだじーの名義なんだろ?」  「ほーちゃん。ほーだろ」  「今じーに死なれたら困るでよ」  「なんでー?」  「ばーが死んで今から遺産相続するだろ?」  「おー」  「じーが死んだときもするやん?」  「おー。ほんでなんなだー」  「ばーの遺産はじーととーはんが半分するんやけど、じーが死んだら、とーはんとほの兄弟で遺産を半分せなあかんみたいなんよな」  「えーーーーーー。何ほれーーーーーーー」 頭を掻きながら声を発する父親。  「んでまぁ通帳になんぼ持っとるかは知らんけど、土地を半分にせーやて言われたってできんでー」  「この家の敷地をってことか?」  「そうそう」  「おー」  「ほたらこの家の土地の価値の半分の現金をほの兄弟に払わなあかんよーになるみたいなんよな」  「えーーーーーー。何ほれーーーーーーー。ほんなんじーが死んだときに黙っとったらバレーへんのんでないんー」  「いやなんかほれが黙っとってもバレるらしいんよ」  「ほんまかほれ!?なんでなだ」  「なんやじーが死んだら、死にましたよって通知が行くんやって」  「ほんまかほれ!?」  「なんか調べたらほない出て来たんよ」  「マジかほれー」 呆れたように笑う父親。  「じーやってもう80超えとんやしいつ死ぬかわからんでー」  「ほないすぐに死ねへんだろー」  「ほなけど明日事故にあって死ぬかもしれんで?」  「ほない、ほんなお前、ほれこそドラマでないか」  「何があるかわからんやん。この家ほない金ないのに払えったって払えんでよ!?」  「ほないー。まー。ほらないけど」  「なんか今日ネットで調べよったんやけど、もしかしたらじーの遺産をほの兄弟にやらんでいいかもしれんのよ」  「ほんなんネットで調べるったってお前、どないするんなだ」 父親が、不思議そうな顔で僕を見た。  「いや、わいもまだわからんけど、あの近所の税理士事務所に行ってみよーと思って」  「えーーーーーー。お前ほれ、難儀なでぇ」  「ばーの遺産とか手続き色々せなあかんみたいなけん、隠し子についてはわいが動いていい!?」  「ほらかんまんけんど、お前にほんなんできるか?」  「これはほんまにどないかせな急ぐでー!」  「ばーのんが済んでからでいいんと違うんー」  「何があるかわからんやん!」  「ほーかー?」  「まぁとりあえず調べて行ってみるけん。でなかったらわいも困る。土地がなくなるとか、顔も知らん奴に金持っていかれるとか!」  「・・・・・・」  「まーやれるだけやってみるわ」 僕は椅子から立ち上がる。 *** 朝起きて、ご飯を食べて、時間が経過するのを待っていた。 税理士事務所は、9時かららしい。 ネットに書いていた。 僕は車を走らせ駐車場に車を止めた。 家が事務所になっているのか、見た目は家だが、木村税理士事務所。 と、看板が取り付けられている駐車場。  「ピーンポーン」 玄関扉の隣のボタンを押すと、チャイムが鳴った。  「はい」 (女の人なん?)  「あのーすいません。税金のことでお聞きしたいことがあるんですけども」  「はい。あのー。ご予約とか、お約束している方でしょうか?」 (ん。予約とかせなあかんの?)  「あの、してないです」 僕は少し焦りながら答えた。  「ちょっとお待ちくださいね」  「はい」 (え。) (事前に予約とかせなあかんのか?) (美容院みたいに電話してから来る感じなんか?) (女の人が税理士なんか?) (急に来たらあかんかったんかなー。)  「どーぞー!」 (おっ。)  「あ、あの」 扉を開けると、スーツのズボンのようなズボンに、ワイシャツを着た男の人が立っている。  「すいません。ちょっと今起きたんで」 ワイシャツのボタンを留めている。  「あの、すいません。税金の相談をしたいんですけども」  「あぁ。はい。まぁとりあえずお入りください」  「お邪魔しますぅ」 真っ白の玄関に足を踏み入れる。  「こっちになりますんで、どーぞ」 僕はスリッパを履いて、体格の良い男の人の後ろをついて歩く。 (おお。) 真っ白い部屋に、真っ白い大きな机のある部屋に案内された僕は、周りを見渡す。 (なんや高そうな椅子やな。) (うおっ、本棚辞書いっぱいやん。)  「どーぞ、お座りください」  「あ、はい」 高そうな椅子に座ると、体がゆっくりと下に沈んだ。  「えーっと、すぐお茶持って来てもらうんでね」  「あぁ。はい」  「えーっと。で。何の相談ですかね?」 ワイシャツの袖を腕まくりすると、濃い腕毛が姿を見せた。 (なんやくまさんみたいな人やな。)  「あ、これってー。どこまで話しても大丈夫なんですか?」  「え?それはどう言う意味で?」  「あの、人にあんまり知られたら困ることなんですけども」  「ああっ、大丈夫ですよ。守秘義務がありますんで」 温厚そうな顔が、優しい笑顔になった。  「あのー、じーはんに隠し子がおるんですけど、家の土地がじーはん名義なんですよね」  「え!?ちょっ、ちょっと待ってくださいね」 慌てて紙にメモを取りはじめた。  「おじーさんに、隠し子?」  「はい」  「で、家の土地って言うのは、1軒家かな?普通の?」  「はい」  「おじーさんて言うのは現在もご健在なんですか?」  「あ、生きてます」 僕が返事をするたびに、税理士さんは何かをメモしている。  「おじーさんに隠し子がいて、家の土地が、おじいさん名義ね。それで?」  「じーはんが死んだときに隠し子が急に土地くれや言いに来たら困るけん、どないかしたいんですけど」  「えーっと」  「コンコン」  「はい」 (誰やし。) お盆を持った、女の人が部屋の扉を開けた。  「日本茶です」 左手の少し向こうに、日本茶が置かれると、もう1つ湯のみを置いて、部屋から出て行った。  「あ、どーぞ飲んでくださいね」  「はい」  「えーと、おじーさんに隠し子がおるって言うのは、確かなことなんですか?」  「はい。この前に聞いたんです」  「え、聞いた?」  「はい」  「聞いただけですか?」  「はい」  「それは確実なんですか?誰かが会われたことがあるとか?」  「いや、どこに住んどるとかわからんし、じーも1回も会ったことないみたいです」  「え!?」 驚いたような表情で税理士さんが声を出した。  「でもおるんはおると思います」 税理士さんが、湯のみを置いた。  「えーっとねー。とりあえずねー」  「はい」 僕も湯のみを置く。  「おじーさんの改製原戸籍って言うのをもらってください」  「か、かいせい?げんこせき?」  「改製原戸籍。です」  「かいせいげんこせき?」  「そうです」  「それって、役場でもらえるんですか?」  「えーっと。同じ町内の方ですか?」  「そうです」  「そしたら役場でもらえるんでね」 驚いたような表情はなくなり、真剣な表情をしているように見える。  「それって僕だけが行ってもらえるんですか?本人が行かなもらえんやつですか?」  「えーーっとねー。たぶん本人じゃなくても貰えるけどー。本人でなかったら代理人てなって手続きがちょっと面倒になるかもしれません」  「はぁ」  「改製原戸籍って言うのにね、もしほんとに子供がいたら、その子供さんの名前が書いてあるはずなんです」  「名前ですか!?」  「そうそう。見たことのない人の名前がもし改製原戸籍にあったら確実におるって言う証拠みたいなものになるんです」  「なるほど」  「まぁ隠し子がほんとにいるかどーか、確認することが大切ですね」 温厚そうな顔で、温厚に喋る税理士さん。  「なるほどー」 僕は納得して返事をする。  「それから土地がおじーさんの名前って言うことで、それをー。誰の名前に変えたいのかな?」  「父親の名前で大丈夫なんですか?」  「大丈夫ですけど、お父さんにもおるんですかね?」  「何がですか?」  「隠し子です」  「ああ、それはいません」 思わず笑いながら声が出た。  「そしたらおじーさんの名前からお父さんの名前にー」  「父親の名前に変えたら、父親が死んだときに隠し子が出てきてや言うことにはなりませんか?」  「あっ、それは大丈夫なんでね。ご兄弟わ?」  「僕にですか?」  「はい」  「兄がいます」  「お父さんの名前に変えられたら、法定相続人は、お兄さんとえーっと、すいません、お名前わー?」  「裕也です」  「ゆうやさんになります」  「なるほど」 少しぬるくなった日本茶を、クイッと飲む。  「とりあえずほな、改製原戸籍で確認してもらえますか?」  「わかりました。あの、今日って料金とかわー?」 警戒しながら質問する。  「今日はご相談なんでね、無料でかまいません」 (よかったー。)  「それとねー」 机の下の引き出しを開けて、何かを探している。  「あの、遅くなったんですけども」 名刺をスッと差し出した。  「木村と言います。私」  「あ、どーも。あの、僕名刺とか持ってないんですけども」  「えーっと。お名前よろしいですか?」  「美空です。美空裕也です」  「えーっと、漢字わ?」 A4サイズの紙をスッと差し出された。  「すいません。こちらにお名前書いてもらっていいですか?」  「はい」  「えーっとね。それとこれ、司法書士さんの名刺になるんやけどねー」  「え!?」 ボールペンを滑らせながら聞き返す。  「これ、司法書士さんの事務所の名刺なんやけどね」  「はいー」 僕は名刺を眺める。  「土地とか、不動産のことやったらたぶんこっちで相談したほうが良いと思うんでねー。隠し子がもし本当におったらこっちに電話してもらっても良いですか?」  「え、あの、ここではできんことなんですか?」  「いやいや、そんなことはないんですけどね、土地とか建物の専門家は一応司法書士さんの専門になるんでね。これ僕の知り合いの事務所なんでね」  「はい」 僕は名前を書き終わった紙をスッと差し出す。  「あぁ。どうも。そしたら一応僕から連絡しとくんでね。もし隠し子がいたらこっちに電話してみてください」  「あの、生前贈与したら税金って高いんですよね!?」  「え?あのー一般的にはそうですけど」  「その場合の税金対策はここでしてもらえるんですか?」  「家の土地って、けっこーな広さですか?」  「いえ、あのー。普通の一軒家のサイズです」  「普通によくある分譲地くらいの?」  「はい」  「それやったらたぶんこっちの司法書士さんの事務所で全部済ませれると思うんでね」  「え!?そうなんですか!?」  「はい。また何か聞きたいことあったら今度はすいませんけど、電話だけ先にもらってもいいですか?」 温厚そうな顔が、ニコッと笑った。  「あああ。すいません今日わ。いきなり」  「いやいや、たまたま休みでね。寝とったんですよ。すいませんこちらこそ」  「それじゃとりあえず役場に行ってみます」  「はい、また何かお金のことでなんかあったらまたこの事務所にも電話してください」  「あ、わかりました」  「そしたら今日はこれで、大丈夫ですか?」  「あ、大丈夫です。お世話になりました」  「最初来た時、僕、何かお店かなんか開かれるんかと思いましたよ」 税理士さんが笑って喋る。  「え?」 僕は意味がわからず聞き返す。  「まだお若いんでね、美容院かなんか開かれて、その税金のお話しがしたいのかと思ってね」  「いやいや、そんな」  「それがけっこうディープな話だったんで僕も目が覚めましたよ」  「僕もはじめじーはんに聞いたときびっくりしましたよ」 高そうな椅子からお尻を上げると、自分の体の重みを感じる。  「大変そうですけど、とりあえず調べてみてくださいね」 税理士さんも立ち上がり、部屋の扉を開けた。  「わかりました」 僕は後ろをついて歩く。  「司法書士さんには、電話である程度内容は伝えておいたほうが良いですか?」  「あ、はい」  「ほなおじーさんに隠し子がおるかもしれんって言うことと、土地の名義変更したいって伝えときますね」  「あ、ありがとうございます」 僕は真っ白い玄関で靴を履く。  「そしたら、どーも」  「お世話になりました」 僕は玄関の扉をゆっくり開き、ゆっくりと閉める。
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