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***
僕は家に戻ってすぐじーの部屋の扉を開けた。
「じー」
「おおおー」
椅子に座ったじーが、ゆっくり振り向く。
「じーちょっと役場行こう!」
「なんでぞぉ!?」
「ばーの手続きするんにじーの戸籍がいるけんちょっとついて来て」
「お、おお、ちょっと待てーよ用意するけん」
(よっしゃ。)
隠し子の存在を確認するために、改製原戸籍が必要だと、わざわざ説明することが面倒だった僕は嘘をついた。
その嘘にまんまとはまったじーは、役場に行って紙に名前を書き、印鑑を押した。
(よっしゃ!)
受け取った紙をなくさないようにしっかりと握り車まで戻り、僕は家に向かって車を走らせる。
「ほんなん、何に使うんぞぉ?」
後部座席から疑問が飛んできたが、
「遺産のあれするんにいるかもしれんけん」
と、嘘をつきながらアクセルを踏んだ。
***
部屋に戻り小さな文字で細かく書かれた改製原戸籍と僕は見つめ合う。
(んー。)
(あー。)
(これやな。)
斉藤初江。
妻。
の、欄に、見たことのない人の名前が書かれている。
(これか。)
文子。
長女。
と、書かれているスペースの横に、女の名前が書かれている。
(ってことはとーはんには姉ちゃんがおるってことか。)
父。美空半蔵。
母。斉藤初江。
長女。文子。
僕はもう1度しっかりと確認をし、確信する。
(ほんまに隠し子おるやんけ。)
体にキュッと、力が入る。
僕は慌ててカバンから財布を取り出し、税理士事務所で貰った司法書士さんの名刺を取り出す。
携帯電話を握りしめ、電話番号を押すと、発信音がはじまる。
「はい。篠原司法書士事務所です」
「あの、すいません。美空と言うものですけども」
「あー。あの、すいませんけどフルネームよろしいですか?」
「あ、美空裕也です」
「あ、はいはい。木村さんからお話し聞いてますんで」
「あっ、そうですか」
「どうでしたか?」
「あの、司法書士さんも守秘義務がある人ですか?」
「はい、大丈夫ですよ。お話しして頂いて」
「あの、改製原戸籍や言うのを取りに行ったんですよ」
「はい。それで、どうでしたか?」
「いました!なんか父親の上に長女がおるみたいなんです!」
「あ~。わっかりました」
「あの、これからどうしたらいいでしょうか?」
「ちょっとー。今日わね。僕予定パンパンなんですわー。明日とかって時間大丈夫ですか?」
「はい、何時でも」
「あのーそしたらね、土地の権利書。お持ち頂いてもいいですか?」
「土地の権利書ですか?」
「はい。ご自宅にあると思うんでね」
「そうなんですか」
(権利書ってなんや。)
「とりあえずほな明日会ってみてね、どうしたいか聞いてから決めましょう」
「あ、あのー時間わ?」
「15時でどうでしょうか?」
「あ、大丈夫です」
「ほな明日15時に、事務所でお待ちしてますんでよろしくお願いします」
「あ、はいー。はい、失礼しますー」
***
土地の権利書は、母親が持っていた。
「あんた何するん?こんなん持って」
と、聞かれたが、事情を説明すると母親は理解した。
念のため、改製原戸籍をファイルに入れて僕は車に乗り込んだ。
駐車場に車を止めて引くタイプの扉を開けると、ヤクザのようなシュッとした怖そうな人が、こっちを見ている。
(なんや。)
僕は緊張しながら声を出す。
「あの、15時に約束した美空ですー」
「あ、はいはい。どーぞこっちにお座りください」
(この人が司法書士なんか?)
パリッとした白のワイシャツにスーツのズボン。
黒髪をビシッとオールバックに決めている。
「どーぞ。座ってくださいね」
見た目に反して物腰が柔らかい。
「あ、はい」
僕は椅子に座る。
「えーっと、確認しますね。まず」
「はい」
「おじーさん名義の土地を、お父さん名義に変えたいんですね?」
「はい、あの、それとー」
「はい?」
「じーの遺産?貯金とかを死んだときに隠し子にいかんよーにしたいんです」
「ふんふん。なるほどねー」
「あのーおじーさんって今いくらぐらいお持ちか、わかりますか?」
「いや、わからないです」
「なるほど」
「あの、これが改製原戸籍なんですけど」
僕はカバンからファイルを取り出し紙を広げる。
「えーっと。この斉藤初江って言う人がー」
「ほれが最初に結婚した人みたいで、文子って言うんが隠し子です」
「はいはい。それでこの良子さんが裕也さんのおばあちゃんになるのかな?」
「はい。そうなんですけど、最近死にました」
「え!?いつお亡くなりに!?」
「去年の12月30日です」
「なるほどー。それでこの晃さんと真由美さんが、裕也さんのご両親で、裕樹さんが、裕也さんのお兄さんになるんやね」
「そうです」
「ほんでー。半蔵さん名義の土地を、晃さん名義に変えたいと」
「そうです」
「わっかりました。土地の権利書見せてもろていいですか?」
「はい」
僕がノートのような形をした土地の権利書を差し出すと、パリッとした司法書士の人は、何やら食い入るように権利書を見はじめた。
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