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***
咳き込むばーを後部座席に乗せ、僕は車を走らせた。
昔、ばーが入院した時に1度だけ行ったことのある病院。
僕は過去の記憶を掘り返しながらハンドルを握り、口を開く。
「ここの道を真っすぐなんはわかるけど、最後に曲がるとこがどこやわからんけん早いめに次の信号右とか言うてくれよ」
「んーよっしゃ」
咳をしながら返事をしたばーは、ユニクロを通り過ぎたあたりでauショップが見えたらその信号を右に曲がるように僕に指示した。
僕は道路の左側に立つauショップを確認し、口を開く。
「ばー。この信号を右か?」
「ええ」
(よしの家を右のほうがわかりやすいやないか。)
自分なりに道を覚えながら右折をし、スピードをグッと落とす。
車の多い通りから急に田舎道のような場所に入って行き、不安になり、確認する。
「ばー。この道を真っすぐで、橋の手前を左に曲がったらいいんやな?」
「もうちょっと。ケホケホ」
「あれか?あの信号左か!?」
「えぇ」
僕は指示された通りに橋の手前の信号を左に曲がり、病院の敷地内を、ゆっくり走る。
(ほーいやこんなとこだったな。)
数年前の記憶を、掘り返しながら。
***
「ばー。歩けるんか?」
病院の入り口近くには、車が所狭しと止まっていて、駐車スペースがない。
「えぇ。歩ける」
僕は言葉を耳の中に聞き入れながら、空きスペースを見つけ、バックで駐車する。
「ちょっと遠いけど、いけるんか?誰か呼んできたろか?」
エンジンキーを回し、後ろを向く。
「いけるわよほんな。ケッホケホケホケホッ。大袈裟な。ケッホケホ」
「ほんまか?息やせこーないんかだ?」
僕はトートバックを左肩にかけ、車を降りる。
「えぇ」
ばーは車を降り、着いてこい。と、言わんばかりに先に歩きはじめる。
僕は、そんな背中を追いかけるように着いて歩く。
***
(なんや。歩くんは歩けるんやな。)
1人で歩き、1人で受け付けをするのであろう場所で診察券を出しているのであろう。
僕は空いている席に座り、トートバックの中からペットボトルの水を取り出す。
水を飲み、ペットボトルをトートバックの中につまえる頃に、ばーが僕の隣に座る。
(なんや息あらーないか?)
歩いただけ。に、しては、走ったあとのような呼吸をしている。
「いけるんかほれ?」
「なにがぁ」
「ほれ、なんか息がはやーてせこそうでないかだ」
「私は。ケホッ。歩いたら。はー。あー!せこ!いつもこんなんよ」
(まじかよ。)
「おまん、水や自分の飲まいでもケホッケホッケホッ。ここ飲むもん置いとんじょ」
体温計を脇にはさみながら喋るばー。
「え?ほーなん?」
(えらい息使いやなぁ。)
「あそこに入れるとこあるだろお」
座ったまま後ろに上半身だけをひねり、指をさすばー。
「あぁ、ほんまやな」
給水機?だろうか?ねずみ色の本体に、飲み物が出るのであろう細長いノズルが3本出ているのが見える。
「あたしケホッ。はぁ。喉かわいたけんはぁ。お茶入れてくるわ」
「いや。わいが入れてきたるわ。わいも水入れてくる」
僕は立ち上がろうとするばーを停止させる。
「かんまんわよ」
「いや、ほなって熱計いよるでないかだ」
僕は喋りながら立ち上がり、給水機であろう場所の前まで歩き、すぐにばーの背中まで戻り話かける。
「ばー。お茶。温いんと冷たいんがあるわ。どっちがいいんな」
「温いんくれるでぇ」
「おお」
僕は体をもう1度反転させ、給水機であろうねずみ色の前に立ち、紙コップを持ってお茶。と、書かれた文字近くのボタンを押す。
こぼさないように、ゆっくり歩き、さっきまで座っていた席に座り、右手に持った紙コップをばーに差し出す。
「うわ。よーけ入っとんでこんなよーけいらんのに」
(なんやねん。文句はいっちょ前かい。)
「いらんかったら最後にあそこに捨てに行ったらいいでないかだ」
僕が喋っているあいだに、1口。
お茶を飲んだ、ばー。
(なんや手震えよるけどいけるんかこの人。)
お茶を飲むときに口にあてる紙コップが、少し震えているように見えた。
「今はもうせこーないんか?」
「ほらおまん。動いたけん、ちょっとケホッ。せこーいわよ」
(いけるんかこの人。)
紙コップを持つ手が、不自然に震えている。
「ピピピピッ、ピピピピッ」
脇から体温計を抜き取るばー。
「なんぼあるん?」
僕は気になって質問する。
「37.8」
「よーけあるでないかだ。ちょっと待っとけよ」
僕は言葉を残して、席を立つ。
***
ばーがさっき診察券を渡していた場所。
受付。と、壁に黒い文字で書かれている場所まで歩き、僕は話かける。
「すいませーん」
「はい?」
年期の入ったふくよかな中堅クラスであろう見た目の看護師さんが、疑問形で言葉を返してきたことを聞き入れ口を開く。
「あのー。美空よしこなんですけどもー」
「はい?どうされましたか?」
「ちょっと体調が悪いみたいなんですけども、診察ってどれぐらいかかりますか?」
「えーっと。みそらさん。みそらさん。さっき受付された方やね?」
「あっ。はい」
「30分ぐらいしたら呼ばれるとは思いますけど」
「それって順番変えて早く見てもらうことはできますか?」
「ええっと。えー。ちょっ、ちょっと待ってくださいね」
「本人は大丈夫そうに言うんですけど、あれたぶんかなりしんどいと思うんですよ」
「えーと。ほな、ちょっと先生に聞いてみますね」
「はい。お願いします」
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