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十和田は兄の百と従兄の一ノ瀬エンヤ《いちのせえんや》の一学年下の後輩だ。
はじめて会ったのは一ノ瀬の部屋で、その時はもう一人兄ができたようで嬉しかった。いつも優しくてかわいがってくれた。
兄や従兄弟に感じる好きとはどこか違う想い。顔を見れば胸が落ち着かないし、帰るときは寂しくて泣いてしまいそうになる。まだそれが恋だということには気が付かず、円は十和田に会うのを楽しみにしていた。
だが、十和田は円に会いに来るわけではない。百と一ノ瀬に会うついで。だから、はじめて二人きりになれた時は嬉しかった。
「悪いな。二人とも遅くなるって聞いてたのに早く来ちゃって」
「いいよ」
お茶とおやつを用意して、ちゃっかり隣に腰を下ろした。
円は自分のことをもっと知ってほしかった。
自分の好きなこと、苦手な科目、友達のことを話聞かせた。
「そうか。なぁ、円は好きな女の子はいないのか?」
その言葉に表情が強張る。
「え……」
友達の間でも好きな女の子の話になるが、円はあまりその話題が好きではなかった。
家族や従兄弟、そして十和田のことを聞かれれば楽しく話せるが、女の子の話で盛り上がれるのが意味が解らない。
一度だけ興味がないといったことがあるのだが、男が好きなのかと言われてしまった。
その時はそんなことはないと答えたが、その子はもし、そうだとしたら気持ち悪いよなといった。
もしや、十和田はそれを確認するために聞いたのだろうか。
友達の弟でしかない円が、十和田にべったりとしているのだ。おかしいと思っているのかもしれない。
「……そうか」
その時は辛くて下を向いていたから十和田の表情を見ていない。
ただ、頭に手をぽんと置き、
「用事を思い出したから帰るわ」
と百と一ノ瀬に会わずに帰ってしまった。
その日から十和田はあまり顔を見せなくなったし、円は受験勉強が忙しいと距離を置くようになった。
胸のもやもやと痛みはしばらく続いたが、それも時がたつにつれ薄らいでいった。
それなのに、まさか会社にいるとは。
だが、配属された部署は十和田のいる営業とフロアが違い、接点などなくて会わずにすんでいた。
それなのに、同じ課になってしまった。
段ボールに入れた荷物と共に移動してきた日、円を見た瞬間、昔のように優しい顔で迎え入れてくれた。
その瞬間、忘れていた胸の痛みを再び味わうこととなってしまった。
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