136人が本棚に入れています
本棚に追加
「円、そっちはどうだ?」
一足先に仕事を終えた十和田が声をかけてくる。
入力しなければいけない書類は三枚ほど。これならすぐに終わるだろう。
「もう終わります。十和田さん、先に帰ってください」
手伝ってもらうほどでもないし、待たれても困るのでそう声をかけるが、
「いや、待ってる」
との返事だ。一ノ瀬がいれば、「俺が待っているから」と言ってくれる。だが、万丈と出張に出ている。
「一ノ瀬さんから言われているから。残業をするものがいたら、お前が最後までいろと」
そういわれてしまったら帰れと言えなくなってしまう。
「そうですか」
余計なことを言ってくれたものだ。
居心地の悪い思いのまま仕事を進める。入力は終わり後は間違いがないかチェックをして完了だ。
「終わりました」
「そうか。帰ろうか」
「あ……、俺、トイレ行くんで。先にどうぞ」
一緒に帰るなんて勘弁してほしい。それなのに、
「待ってる」
相手は引き下がらない。しかも鞄を奪われてしまった。
しかたなく、たいして行きたくもないトイレに行き手を洗って出てくる。
外で十和田が五十嵐の鞄を手に待っていた。
「随分早いな」
「はぁ」
鞄を受け取りエレベーターへと向かう。
「あの、俺のことを構いたがりますが、十和田さんのことは会社の先輩としか思ってませんので。円と呼ぶのもやめてください」
馴れ馴れしくされるのも名前を呼ばれるのも嫌だった。距離が近く感じてしまう。
「そう。でも俺はこれからも円と呼ぶし可愛がる」
諦めなさいと頭を撫でられて、その手を払いのける。
最初のコメントを投稿しよう!