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「あの~、そろそろいいですかね?」
寿士は車内を覗き込んできた運転手の声が、救いの手に思われた。
「こいつ、家まで送ってやってください」
瑠衣をタクシーから降ろし、寿士は陽詩一人を残して車外へ出た。
「お客さん、どちらまで?」
「……」
呆けたように、ただ涙を流し続ける陽詩だ。
代わりに、寿士が行き先を告げ、ようやくタクシーは走り去った。
「寿士さん……」
「瑠衣、平気か?」
「陽詩さん、大丈夫かな」
「知るか、あんな奴。もう、他人だ」
この時、瑠衣は寿士を冷淡な人だと思ったが、マンションに戻ってから事情を聞いてうなずいた。
「妊娠を盾にとって、俺と結婚しようとしたんだよ。陽詩は」
「そうだったの……」
紅茶を一口飲んで、でも、と瑠衣は寿士に顔を向けた。
「でも、それだけ陽詩さんは、寿士さんのこと好きだったんだと思う。愛してたんだと思う」
「瑠衣は優しいな」
寿士は微笑んで、瑠衣の肩を抱いた。
「じゃあ瑠衣は、俺が陽詩と結婚してもいいの? ずっと、愛人のままでいいの?」
「それは……」
嫌だな、と瑠衣は考えた。
僕だって、できることなら寿士さんを独り占めしたい。
僕だけを、見つめていて欲しい。
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