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その9
その9
アキラ
麻衣はオレの反応を、興味深そうに伺っている様子だ
この顔、いつもながら小憎らしい限りだ
とても女狐とか小悪魔とかのレベルじゃないよ、コイツ
「あなたって、固く考えるクセあるわね、どうもね。あなたに”ここまでのこと”をしてきた、私が、埋め合わせって言ってるのよ。素直になればいいのよ、難しく考えないでさ」
そう言うと、右手をさらに強く握った
そして、手を放すと、今度はオレの真正面に向きなおして、目をつぶった
「このあと時間押してるから、早く済ませて」
10秒くらい間をおいて、オレは右手で麻衣の顔を張った
結構、思いっきりのビンタだった…
思わず体を斜め後ろにそらした麻衣は、後ろ手をついた
そして、目を開けてこっちに向き直した
髪の毛の乱れも直さずに
別に表情は変えていない
そして麻衣は、また目をつぶった
今度は目の前にあった麦茶を、麻衣の顔にかけてやった
咄嗟だったが、いずれも素直な自分の気持ちに従った、”行為”だった
「終わりだよ、これで…」
オレは、目をつぶったままの麻衣に言った
「…。なかなか面白かったわ。じゃあ私、シャワー浴びてくるけど、まだ帰っちゃダメよ。それと、おけいとはそれ一回だけだから…」
麻衣は立ち上がった後、そう言って、顔にかかった麦茶を拭いもせず、浴室に向かった
...
考えてみれば、麻衣って子はいつもこんなだったかな
初めて会ったのは、火の玉川原のテントだった
ケイコちゃんとやりあってて、イス蹴りあげてた
そのあとオレに、部外者は出てけって怒鳴ってたわ
相手が誰であろうと、それまでどんなことがあろうと、いつもこうだ
相手の目、しっかりと見て、正面からぶつかってくる
まあ、何考えてるかわからないってのも、いつもなんだけど…
逆に、どこか分かり易い投げかけもしてくる
そういえば、アイツらに監禁されたあの夜も…
麻衣の言う事、やること、なぜだかオレの中にストーンと落ちていった
今思うと、そんな感じなんだ
”私は真正面からは逃げない…”って、言ってたっけかな、麻衣
...
しばらくすると、麻衣は洗面所で髪を乾かしていた
ドライヤーの音がする中、麻衣が話しかけてくる
「私、これから矢になって飛んでくから…。あなたはココで留守番してて。と言っても、私は帰らないけど…。相和会の人間が来るわ。ナビゲートしてくれる手はずだから。説明よく聞いて、指示通りに行動して。基本はこの前、剣崎さんが話したシナリオよ。頑張りましょうね、お互い…」
何と端的な説明なんだろう…
それに、麻衣のこんな清々しい声、正直、驚きだ…
しかし、警察に捕まりに行くのに、頑張りましょうって感覚、なんか違うだろうって…
だんだんオレも、このイカレモードには染まってきたが
「わかった。ココで待ってりゃいんだな?」
細かい”進行”は分からないが、おそらく”使い”が来れば、はっきりするさ
今さらこの茶番のカラクリ、これ以上聞いてもしょうがないし、流れに任せる気だ
だけど、ケイコちゃんの方はどういう手はずになるんだろうか
洗面所から出てきた麻衣に聞いてみた
...
「おけいはその後ね。私らから聞き取りした結果って流れで…。本人には、剣崎さんが細かい話しをすることになると思う」
ここにきて、麻衣はテキパキと答えてくれるわ
「これカギね。”向こう”が来たら、受取るはずだから。戸締りとかはよろしく。さて、こっちは、これから体力仕事だわ、ハハハ…。今度、会う時は病院かな?来てよ、面会に」
そこまで考えてるのか、麻衣は…
なんて女だ、いろんな意味でだけど…
「行くさ。今度こそ、のた打ち回ってるザマ見てやる。でも、無理すんなよ。細かいことはよくわかんないけど」
「ああ…、でも手は抜けない。ずっとこんななのは、死ぬまでだ、きっと。じゃあ、行ってくるわ」
そう言って、麻衣は大股でアパートを出ていった
フン、憎らしいヤツだけど颯爽としてるわ、上から下まで黒で固めて
アイツ、目的とか野心とか、あるんだろうけど、不思議とギトギトしてない
損得とかに目が行ってないんだよ、何故だか…
まあやることはエゲツないが
要はピュアってことなのか…?
...
それにしても、ケイコちゃんが麻衣と”やった”のかよ…
作り話って感じじゃなかったし、たぶん、本当のことか…、それって…
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