クリームコロッケ

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クリームコロッケ

俺は昔から何をやっても普通だった。これといって得意な事もなくその逆もそうだった。 運動会の駆けっこは毎年八人中四位だったし、学力テストも三十人中十五位だった。嫌になるほど凡庸で平均的な人間それが俺である。 杉谷匡人(すぎたにまさと)は何をやっても普通なのだ。しかしそんな俺にも好きな事はあった。料理だ。元々は母親の作る悪魔的にまずい料理を食いたくないという理由で作りはじめたがやっていく内にはまってしまった。 そしていつからか杉谷家の夕飯は俺が用意する事になった。勘違いしてほしくないが別に好きで家族の分まで作ってるわけじゃないんだからね。ただ自然とそういう事になってしまった。拒否する事もできたかもしれないが、俺は狭いキッチンに母親と二人で立つ事に対して若干の煩わしさを感じていた事も要因となり 「分かったよ。俺が用意するからお袋はリビング行ってくれ」 という一言でそうなってしまった。 しかし、父や母が喜んで息子の作る豆腐ハンバーグやオムライスを食う姿はとても壮観であり、かなり嬉しかった。 ただこの話には一つ問題があった。 杉谷家は俺を含め父である克哉(かつや)、母である弥生(やよい)、そして妹である麗華(れいか)の四人によって構成されている。問題の原因はその麗華にある。 あいつは女である自分より家庭的な俺が疎ましかったのか用意したものには一切手をつけず菓子パンやらプリンをいつも食っていた。しまいには魔女のスープのような母親の料理を切望した。 「あれを食べても不老不死にはならんぞ」 そんな俺の助言を無視して彼女は頑なに俺の料理を拒んだ。 俺が高校一年、妹が中学二年の頃だ。 俺は妹に料理を食わすある作戦を思いついた。 妹の通う中学は昼食を給食にするか弁当にするのかという選択肢が用意されていた。一年の頃は母親の料理より給食を選んでいた妹だが二年生に変わり弁当にして欲しいと言いはじめた。どうやら学校の給食が冷たく、味も美味しくないことが起因しクラスの殆どが弁当に変え始めたらしい。 皆んなと違う事に恐れを抱く年頃だった妹はそんな連中に合わせにいったのだ。マイノリティやアイデンティティのかけらもない奴だと俺は思った。 だがそれと同時にある考えも浮かんできた。これはあいつに俺の料理を食わす絶好のチャンスなのだと。成績優秀でもなければ人に羨ましがられる能力もない俺だが料理に関してはちっちゃな誇りがあった。 一流のコックや料理研究家のように膨大な知識や大層な矜持は持ち合わせてはいなくても、俺にだって手を振るった料理を身近な人間に食べてもらいたい、喜ぶ顔が見たいという気持ちは確かに持っていたのだ。何より妹をにギャフン(うまい!)と言わせたかった。 俺はお袋に作戦を伝え早速弁当に何を入れるか考え始めた。 「弁当って何を入れたらいいんだ?」 考えてみれば俺は弁当を作った事がなかった。俺が中学の頃は給食だったし今は学校の購買でパンを買って食べている。 豆腐ハンバーグは俺が作ったものだとバレてしまう恐れがあり、だからといってただ冷食を温めただけでは意味がない。どうしたものか。俺は考えた。 考えに考えを重ねた長考が三十分を超えた頃、ようやく一つの策を考えついた。 それはお弁当に定番で入っている冷食を自分で作ってしまうというものだ。 考えに考えた策がそれなのかという質問に対してはノーコメントだ。なぜなら前述のとおり俺は凡庸なのさ。ただこの作戦が上手くいく事を俺は確信している。 俺はクリームコロッケと唐揚げを手作りで用意した。ついでに卵とウインナーを焼いてそれらを弁当箱に詰め込んだ。クリームコロッケは作ったことがなく多少困惑したがやってしまえ案外上手くいくものだ。実際に食べている所を見れないのが残念だがそれは仕方ない。学校から帰ってきたアイツに事の真実を伝えるのが楽しみだ。 その日の夕方妹が家に帰ってきた。 「お母さん。来月からやっぱり給食に戻して」 帰って早々に妹はお袋にそう伝えた。たいへん憎たらしい。 お袋に理由を聞かれた妹はこう答えていた。 「私の親友がね、親の作った弁当はダサいって」 なんともくだらない理由だ。プロ棋士並みの長考を返せと言ってやりたいくらいだが何か言うことも(はばから)れる。その時の俺は怒りを通り越し呆れの境地達していた。 それにだ、返ってこれでよかったのかもしれない。考えてみよう。もし仮に妹が大いに喜んでこれから毎日弁当を作れとせがまれたらそれはそれでかなりの精神的負荷になる。結果だけ見ればこれはこれで良かった。俺はそう自分に言い聞かせた。 「あ、あとクリームコロッケ。あれ美味しかったから明日も入れてね」 自室に向かう妹が去り際にそう言った。 お袋は分かったとだけ言ってソファでくつろぎ始めた。 ちょまてよ。あんたが作ったんだっけ?違う、俺だよな?勝手に了承するなよ、結構大変なんだよクリームコロッケ。全く、この家に住む女は揃って自分本意のスキルを保有しているようだ。 「明日も早起きか」 俺は材料を買いにスーパーまでチャリを漕いだ。 「長くても一月だよな?延長は受け付けてないからな」
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