【rainy season】 出逢い 1

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【rainy season】 出逢い 1

 梅雨(rainy season)の金曜日……  その日は珍しく瑞樹と同じホテルで仕事をすることが、朝の時点で分かっていた。 「瑞樹、仕事帰りに飲みに行かないか」 「あっ今日は金曜日ですね」 「あぁ芽生は実家に泊まるし」 「わかりました。でも今日はSpecial (大規模で特殊な活け込み)で、作業開始時刻が少し遅いので、先に夕食は済ませておいてもらえますか」 「いや待っているよ」 「……すみません。なるべく早く行けるように努力します」 「あぁ頑張れ、先に店で飲んで待っているから」 「はいっ頑張ります!」  可愛く小さなガッツポーズを取る瑞樹と、いつものように会社の最寄駅で別れた。  どうやら売れっ子のフラワーアーティストの瑞樹には、スペースコーディネートの仕事の依頼が殺到しているようだ。  今日も頑張れよと、瑞樹の後ろ姿に向かって話しかけた。  俺は午後、ホテルの会議室で、出版社と明日の若手作家の新作発表の打ち合わせだ。瑞樹の方はその発表パーティーのための花の活け込みの仕事が入っているというわけだ。  フラワーアーティストの瑞樹と広告代理店勤務の俺は全く違う職種だが、こんな風に仕事が重なることがたまにある。嬉しいニアミスだ。  週末だし、瑞樹と久しぶりにゆっくり飲みたい気分だったので、馴染の和風割烹料理店の個室を使おうとは早い段階で、予約の電話をしておいた。  仕事は時刻通りに終わったので、少々浮かれ足でホテル近くの店に行くと、入り口に濃紺のスーツを着た長身の男が立っており、店員と険しい顔でやりとりをしていた。  どうやら何か困っている様子だ。素通りしようと思ったが瑞樹と外食できるのが嬉しく上機嫌だったので、助け船を出してやった。 「あの、何かお困りでも?」 「……実は予約が入っていなかったようで……しかし参ったな。店を急に変えると、相手がパニックを起こしそうで」  この店は完全予約制で、しかも完全個室だ。予約が入っていないとなると、厳しいだろう。彼の困り顔を見ていると、気の毒になってきた。きっとこの男性も大切な誰かと待ち合わせなのだろう。  もしも逆の立場なら──  そんな風に考えられるようになったのも、全部瑞樹のお陰だ。彼と付き合うようになって、俺は相手の気持ちを少しは汲めるようになってきた。 「あの、俺の方は四人用の個室を予約しているので、よかったら半分どうぞ」 「えっ」 「この店の個室は中で仕切れるし」 「だが」 「今日は俺も個人的な会合なのでお互い干渉なしで。どうです? 今から似た店を探すのは金曜日だし大変ですよ」 「……すまない、甘えさせてもらう。助かります」  というわけで見ず知らずの男と、仕切りはあるものの相席のような形で座ることになった。  もう一度彼をじっくりと眺めると、品のよいスーツを着こなし、しっかりした眉に切れ長の目……落ち着いた感じの美丈夫だ。まぁ相席しても特に問題はないだろう。  俺の方がいい男だし、って、それは余計か。 「お客様、お待ち合わせの方がいらっしゃるまで、何かお飲みになられますか」 「あぁじゃあビールを」  同じ会話が、隣でも繰り広げられていた。  瑞樹は少し遅くなると言っていたので、ビールで繋いで待てばいい。  やがてよく冷えたビールが運ばれてきた。同じく隣にも。    御簾のような仕切り越しに目が合ったが、まさか見ず知らずの人といきなり乾杯というわけにはいかないので、軽く会釈で済ました。    ところがなかなか瑞樹は現れない。  もうグラスが空だぞ。  そのタイミングでメールで連絡が入った。 『すみません。やっぱり間に合いません。あと1時間程かかるので、どうか先に夕食を食べていてください』  隣の男の相手もどうやら遅くなるようで、同じタイミングでメールが来たらしく、意気消沈している。 「やれやれ……あと一時間もかかるのか」  溜息交じりのつぶやきを拾ってしまった。  ならば! 「そちらも相手が遅くなると?」 「あぁそのようだ」 「こっちもなんだ。よかったら一緒に飲まないか」  唐突な俺の申し出に面食らったようだが、席を譲ってもらった手前断れないようだ。見れば同年代のようだし、これも一興だよな。俺は広告代理手という仕事柄、初対面の人といきなり交流するのには慣れている。   「じゃあお互いに生ビールを追加で」  机の間仕切りを外してもらい、待ち人来ずの男二人で先に飲み会スタートだ。といっても一期一会……お互いの素性は語らず気ままな話をした。相手の男は最初は堅苦しい印象だったが、酒が入るにつれ、だいぶ砕けてきた。  この場限りだと思うと、普段できない話題に必然的になっていく。  つまり唐突な話題だってOKだ! 「ところで君は、結婚しているのか」 「いや……していない」 「俺は同棲している」 「……そうなのか」  ピクっと彼が眉を上げた。もしかして同じなのか。 「相手はどんな人なのか」  と聞かれたので、待ってましたとばかりに『嫁自慢』してしまう。 「実はすごく清楚で可憐で可愛い人なんだ。優しいし頑張り屋で、俺は後ろからアシストして応援したくなる」 「あぁ分かる。私の大切な人も、そういう面が少しある」 「おー分かってくれるのか。抱きしめてやりたくなるんだよな。なぜだか」 「それも……分かる」 「つい触れたくもなる」 「あぁ」  どんどん二人の酒は進む! 話も弾む!  こんな風に素性の知らない相手だから、無防備に話してしまうのかも。  今までこんな風に瑞樹の自慢話をできる相手がいなかったので止まらない。  俺がすると相手も負けずにしてくるので、とうとう『嫁自慢合戦』になってしまった。  
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