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【rainy season】 出逢い 2
ホテルの宴会場で花の活け込みをしていると、背後に熱心な視線を感じた。
「ん?」
振り返ると少し長い髪のほっそりとした青年が立っていた。
僕より少し年下かな。
色素の薄い髪色や瞳が少し僕と雰囲気が似ていて、水のように透明感のある綺麗な男性だと印象に残った。
時計を見ると、宗吾さんとの待ち合わせ時間になろうとしていた。
早く仕上げないと待たせてしまう。でも大切な仕事を中途半端な気持ちで放り投げることは出来ない。
とにかく集中しよう!
今日の仕事は明日行われるパーティーの活け込みだ。雑誌に連載中から評判だった小説の記念パーティーとのことだった。
僕は会場のメインとなるアレンジメントを、出版社の依頼で任されていた。
出来上がりのイメージを掴むために会社からデータで送られてきた小説の表紙をもう一度確認した。
綺麗だ……星の欠片の散らばる青い世界にやってくるのは、夜明け。
夜明けは……夜との別れでもあり、朝との出会いでもある。
そんな出会いと別れから生まれる『希望』を、僕のアレンジメントで表現出来たら。
まずは全体に夜空を表現する。自然の色だけで表現したいので人工的な色で染めた花は使わない。ネモフィラや勿忘草、ブルースター、青紫の紫陽花などで細かく陰影をつけていく。
そしてその中に夜明けを思わせる優しげなジュリアオレンジの薔薇。その近くに黄色と白の紫陽花をあしらい、朝日が夜空に溶け込むグラデーションを表現した。下の方には上質なオーガンジーのリボンとパールビーズを散らし、星の欠片と朝の光の織りなすきらめきを表現していく。
「はぁ凄い……ですっ」
突然背後から拍手されたので、驚いて振り返るとさっきの青年が立っていた。目が合うと恥ずかしそうに頬を染めあげた。
「ごめんなさいっ。素敵だったので……あの、その花が仕上がるまでここにいてもいいですか」
澄んだ瞳をキラキラと輝かせてくれているので、嬉しかった。
花が好きなのかな?
好意的で期待に満ちた視線だった。
「ありがとうございます。もちろんです。どうぞ」
「あっそうだ……」
「何か?」
「あの……失礼ですが、後……どの位で完成しますか」
「あぁそうですね。1時間程で仕上げますよ」
ここまで仕上げれば、あとは全体のバランスを見て微調整すればいい。長年の経験から時間は読めるようになっている。
「分かりました。あっ俺の事は気にせず……どうぞ続けて下さい」
宗吾さんをあと1時間も待たせてしまうのは忍びない。やっぱり先に夕食を食べてもらおうとメールをした。ちらっと見ると、彼も誰かに連絡をしていた。誰かと待ち合わせでも? こんな所で寄り道していいのかな。
再び集中して、四方八方から確認し細かいバランスを整えた。最後に一歩下がった所から全体を見つめた。
「よし。完成だ」
「まさに『夜明け』ですね……」
さっきの彼も近づいて来て、隣に立ってうっとりと見上げてくれた。
「はい、ありがとうございます。それが今回の僕の中のテーマでした」
「はぁ……花でこんなに表現できるなんて思いませんでした。あの、とても素敵です」
「ありがとうございます。嬉しいです」
すごく感じが良いな。何をしている人だか分からないが、きっと色彩に興味があるのだろう。
「では、これで……」
「あっはい、あっもう、こんな時間っ…俺も行かないとっ」
彼はバタバタと大きな鞄を持って行ってしまった。
つむじ風みたいで可愛かったな。
帰り支度を整え空を見上げると、今にも雨が降り出しそうな梅雨空だった。
だが、僕の心の中は晴れ渡っていた。
何故なら……もうすぐ宗吾さんに会えるから。
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