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【rainy season】 出逢い 3
「えっと、こっちかな」
地図アプリを確認しながら、宗吾さんが指定したお店に走った。初めての店なのでややっこしい道だ。
すると通りすがりにさっきの青年が、困り顔で歩いているのが見えた。
もしかして……道に迷ったのかな。何だかとても不安そうだ。
「あの、どうしました?」
「あっさっきの……」
「どこかに行かれるのですか。僕でよかったら案内しましょうか」
「あぁ…ありがとうございます。実はここに行きたいのですが、方向音痴で、もうっ…恥ずかしいです」
頬を真っ赤に染めながら泣きそうな顔をしている。
シュンとした様子で、放っておけないな。
「あぁここですか」
驚いたことに彼が示した店の名前は、僕がまさに今から行く店だった。
こんな偶然を嬉しいと思うのは、純度の高い澄んだ水のような彼と、もっと話してみたいと思ったからなのか。
「ご迷惑、ではっ…」
「あぁ大丈夫ですよ。実はちょうど僕が今から行くお店なので」
「えっ、そうなんですか。あぁ……よかった」
心底ほっとした様子で微笑む様子が、幼子のようで可愛かった。
「ここですよ」
「…あの、本当にありがとうございました…」
「いえ、良かったです。お食事楽しんでくださいね」
「はい…っ」
名残り惜しいが、ここまでかと思ったら、不思議な縁はまだ続いていた。
お互いに店員に待ち合わせの旨を告げて中に通してもらうと、同じ個室だった。
「えっ?」
思わず……ふたりで顔を見合わせてしまった。
扉が閉まっていて中が見えないが……これは一体?
どうして同じ個室? しかも中から宗吾さんの豪快な声ともう一人……落ち着いた男性の話し声がする。
「どうぞ中へ」
仲居さんが扉を開けると、頬を赤らめた宗吾さんと目がバッチリ合った。
「宗吾さん!」
「宗一郎さん!」
えっと『そういちろうさん』って?
宗吾さんと仲良くビールを飲んでいるこの男性のこと?
「おお、瑞樹こっちに座れよ」
「あの……お仕事関係の方ですか」
僕はどういう態度を取っていいのか分からなくて困惑した。
「いや、さっき初めて会った人だ」
「あぁ……しずく、大丈夫だったのか」
「あ……、はい」
この青年は『しずく』という名前なんだ。水のような人だと思ったが、名は体を表すとはよく言ったもので、彼にぴったりの透明感のある名前で素敵だ。
「偶然隣り合わせになってな。瑞樹が遅いから、ひとりで飲むのも寂しくなって一緒に飲んでいた」
「ごめんなさい。でも、楽しそうで良かったです」
ニコッっと笑うと、宗吾さんも破顔した。
うーむ、一体どれだけ飲んだのだか。
「まぁ瑞樹も飲めよ、仕事お疲れさん」
「ありがとうございます」
走って喉がカラカラだったので、ビールを一気にゴクゴクと飲んだ。
「……しずくはウーロン茶にするか」
「いえ、俺も…今日はビールを飲んでみたいです」
「だがっ」
隣は渋っているようだが、宗吾さんがまた余計なことを。
「おー君も今日は飲むといい。可愛い子には旅をさせよというしな」
「…はいっ、では、いただきます」
お酒に弱そうだけど大丈夫かな。そういう僕もそんなに強くないけど。
それにしても初対面だが感じがいい人達なので、一緒に飲むのが楽しい。
「瑞樹、俺たち何の話していたと思う?」
「さぁ?」
「お互いの嫁自慢話さ!」
ぶほっ!! っとビールを吹きそうになった。
「はっ?」
嫁ってどーいうことですか? と心の中で訴えた!
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