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【rainy season】 出逢い 5
「では、これで」
「あの、またどこかで……」
店を出ると、優しく軽やかな雨が降っていた。
「瑞樹、こういう弱くて軽い、小粒の雨のことをアラビア語では『タッル』というそうだよ」
「『タッル』? 難しいですね。聞きなれないので、覚えられないかも」
世界中を仕事で旅した宗吾さんの言葉はワールドワイドだ。確かに小粒なので、刺激的ではなく二人を包みこむように優しい雨だ。でももっと……しっくりくる名前があったような。
偶然隣り合わせた二人の去っていく背中を見ていると、胸の奥から甘い気持ちが込み上げてきた。
彼らは、もしかしたら恋人同士なのかも──
僕たちみたいに、お互いが幸せな存在なのでは?
やがて彼らは一度立ち止まり、ふたりで一つの傘を開いた。
まるで夜空に希望の花が開くように、そこだけがスポットライトで照らされたようにパッと明るくなった。
二人は肩を並べて、再び笑い合いながら楽しそうに歩きだした。
「ちょっと待って下さいっ……宗くん、歩くの速いです……っ」
「悪かったよ。しずく」
「もうっ──」
途中転びそうになったしずくくんの腕を、もう一人の宗くんがしっかり掴まえた。
「大丈夫か? やはり酔っているのか……危なっかしいな」
「酔ってないもん…っ」
「ふっ……行こう」
そして今度はもっと肩を寄せ合って、歩き出した。
彼らが咲かせた傘の上には、どこまでも優しい雨が降り注いでいた。
「あっそうか……」
彼らに似合う雨の名を思い出した。
それは『甘雨』だ。
程よい時に降って、草木を潤し育てる雨のこと。恵みの雨だ……。
「宗吾さん、何だかいい雰囲気の二人でしたね。降る雨すらも優しく感じるようで、お互いがお互いを癒しあっているようですね」
「あぁそうだな」
「……宗くん……今日は僕たちも一つの傘で帰りましょうか」
微笑みかけると、宗吾さんが目を細めた。
「そうしよう。さぁ俺達も俺達の家に帰ろう」
「はい!」
幸せな花を咲かせた彼らに、またいつか会いたい。
「また会えるよ、きっとすぐに……」
「えっ」
宗吾さんとは、いつもこんな風に以心伝心だ。
「僕らに降り注ぐ雨も、同じように甘やかですね」
「嬉しいよ。瑞樹……今、ふたりがこうやって肩を並べて歩けるのが幸せだから、そう感じるのかもな」
いつだって宗吾さんは、僕に潤いを与えてくれ、成長させてくれる。
僕にとっての甘雨、恵みの雨は……あなた自身だ。
それはきっとさっき出逢った二人にとっても、同じなのだろう。
『rainy season』 了
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