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「もーっ。結局1体しか見つからなかったですねえ」
陽菜が可愛らしく口を尖らせる。19時、太陽は西の彼方に姿を隠し、私たちはこの日の捜索を打ち切った。
残り2体が活動開始する事を前提に、匙影山近くの民家の影に夜営する。2時間ごとに見張りを交替する事になり、私と陽菜は後衛についていた。
「昼間は動かないくせに、うまく隠れるもんですねえ」
感心しているのか皮肉なのか。陽菜の大きな目はくるくると落ち着きない。
「それにしても葉菜さんて、無口なんですね!」
凛音に、顔がお喋りだと言われたが……もともと私はそんなに喋るほうではない。昼間の凛音への失態を思い出して、私は眉を寄せた。
「あーあ。葉菜さんは単純だから、うまく操れると思ったのになー」
私はなぜ、凛音にあんな事を──
………え?
「もー、あんな目障りな英雄なんか、ちゃっちゃと殺しちゃってくださいよぉ。なんでためらったんですかぁ!」
「………なにを、言ってるの……?」
目障りな英雄? 誰の事だ?
ちゃっちゃと殺せ……誰を……?
「ねえ、葉菜さん」
くるりと私のほうへ体を向けた陽菜は、奇妙なことに、にんまりと笑んだ口もとばかりが暗がりに浮かんでいた。
私の知ってる陽菜ではない。
そう思った瞬間、ぞくりと恐怖が背筋を這い上がった。
「人間て、弱い生き物よねえ。ちょっとしたきっかけさえあれば、自分の為に他人を殺しちゃうくらい弱い」
赤茶けたブーツのつま先が、ひた、ひた、とゆっくり自分に向かってくる。
逃げなければ──頭では解っているのに、私の体はまるで言う事を聞かなかった。立ち上がろうにも足に力が入らず、尻を地面につけたまま、ずるずると後退するしかない。
「だから、ね?」
不意に私の目の前に陽菜がしゃがみこんだ。大きくてまるい目が、至近距離から私を覗き込む。
「私たちが、この世界を支配しようと思って。これまでずっと人間が我が物顔で支配してたじゃない? 弱くて、愚かなくせに。ね、葉菜さん、私の力になってよ。リビングデッドになって、この世から人間を追放してほしいの」
何を言っているのか解らない。世界を支配する? この世から人間を追放? 私を、リビングデッドに──
額に強い衝撃を受けた。
人々のいない街の夜空には、満天の星。
そのあまりにも美しい星空をいつまでも見ていたかったが、どろりとした生暖かいものが視界を塞ぎ、私の意識は途切れた。
[了]
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