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山に入って、まだ10分ほどしか経過していない。喜孝が往復する20分弱をタイムロスと私は捉えたが、まあ、確かに凛音の言う事にも一理ある。私は凛音に倣い、地面に腰をおろした。
じりじりと皮膚を焼く太陽と、息苦しいほどの湿度。不快さはすぐ苛立ちに変わる。
私たちは今、未知のものと戦っているのだ。これ以上犠牲者を出さない為に。悲しい思いをする人がないように。その為の夜間外出禁止令や避難命令だというのに、なぜ国民はそれを理解しない? 面白おかしくSNSに投稿するような事か? 自分だけは犠牲にならないと、何を根拠にそう思い込むことができる?
……やめよう。考えるだけ無駄だ。私は、私の信じる道を貫くだけ。
それにしても、根本凛音。ずいぶんとイメージが一人歩きしたものだ。屈強な兵士とは程遠い。本当にこれがあの根本凛音なのか?
精鋭中の精鋭。
究極の兵士。
我が国きっての英雄。
これらの栄誉ある二つ名を我が物とし、皆が憧れる存在……私だって、根本凛音に憧れ、目標としてきた。いつか必ず凛音を超えるのだと。
それが、どうだ。地面にしゃがみこんで、暑さと湿度にやられたか、酷く虚ろな目でぼーっとしている。確かに根本凛音は、早朝二人の部下を引き連れて一度山に入っており、リビングデッド1体を倒している。が、それを差し引いても、いま私の目の前にいるのは、ただのくたびれた若造に他ならない。
呆れた……失望した、は言い過ぎだが、少なくとも私のなかの根本凛音像はガラガラと音をたてて崩れ去った。今朝の一件だって、もしかしたら部下の手柄だったかもしれない。こんな情けない姿の若造なんかより、私のほうがよほど英雄と呼ばれるにふさわしいのではないか?
そうだ……
そうとも………
私は「根本凛音の次に」優秀な兵士なのだ。根本凛音さえいなければ、私は。
腰ベルトにそっと手を伸ばすと、そこに提げてあるケーバーナイフに指先を滑らせた。
今ならなんとでも言い訳がたつ。凛音と逸れてしまい、仕方なく一人で山を降りた。あるいは、凛音はリビングデッドに殺されてしまった──
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