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ぼんやりと地面に視線を落としたままの凛音を盗み見ながら、私は膝を立てて座った状態から素早く動けるよう、右の踵を尻に近付けた。
やるなら今だ。今こそが絶好のチャンスだ。こうして二人きりの状況になったのも、目に見えぬ何者かが私の背中を押しているのかもしれない。
覚悟を決めるより先に体が動いていた。
右脚にぐいと力を入れ、低い姿勢のまま凛音に向かって突進する。手にはケーバーナイフ。切っ先はぴたりと凛音の喉元に向いている。僅かに見開かれた凛音の目が私を捕らえる。凛音との距離およそ1.5メートル。確実に殺れる!
……気付いた時、私の顔は地面にめり込んでいた。ナイフを持った右腕は高々と捻り上げられ、背中は息ができないほどに押さえ付けられている。
何が起きたのか理解できない。なぜ私の体は動かない?
「威勢がいいな」
上から凛音の低い、抑揚のない声が降ってきた。頭をしっかりと固定されてしまっている為、首を捻って凛音の顔を見る事もできない。掴まれている右腕を振りほどこうとして、逆に強く締め上げられ、不覚にも私は呻き声を漏らした。
「なぜ俺を刺そうとした?」
答えてなどやるものか。私はぎゅっと奥歯を噛み締めた。
「まあ、わざわざ聞かなくても、予想はつくけどな」
凛音が僅かに体重を移動させたので、背中を押さえ付けている膝が重さを増した。呼吸筋が抑制され、思うように息が吸えない。無様だとは思ったが、私は足をばたつかせて藻掻いた。
屈辱だった。こんなにも呆気なく抑え込まれた自分が。息をしようと藻掻く自分が。なぜ私は、こんな醜態を晒してまで生きようとしているのか。
──と、ふと頭が自由になり、背中から圧迫感が消えた。素早く体を捻って仰向けになり、足りなくなった酸素を求めて必死に喘ぐ。涙さえ浮かんだ目の端に、相変わらず無表情な凛音が映った。
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