彼方のエデン

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彼方のエデン

 祖父が息を引き取った時、まだ5歳だった僕には、命が失われるという事の意味が理解できなかった。 「エデンで会えるよ」  遺影を前に言葉を失ったままの僕に、母が頭を撫でながらそう言ったのを鮮明に覚えている。 「なぁ。娘から、手紙は来たかい?」  お粥を味気なさそうに咀嚼しながら、老人は言った。 「来てないですよ。届いたら、ちゃんと僕が読んであげますから」  無口な老人だったが、食事介助をしていると口癖のようにこう尋ねてくる。その度に、僕は胸が締め付けられた。老人の親族は手紙はおろか、様子を確認する連絡すら何年も入れてこない。淡々と、施設の費用が振り込まれてくるだけだ。僕はなぜかその老人に、祖父を重ねて見てしまうことがあった。ほとんど顔も覚えていないはずの、けれども優しかった祖父を。  職業柄、そんな風に思っていたらキリがないよ、と、前の施設長に呆れられたことを思い出す。 「もういいよ。もう、いい」  口元に運ばれたスプーンから顔を背け、老人は首を振った。 「しっかり食べないと、また入院することになりますよ。さぁ」  ひどくやせ細った体に目をやりながら、横顔をスプーンで追う。老人は、しぶしぶ口を開いた。 「……娘さんが来てくれた時、元気な姿を見せないと」  根拠のない言葉を平気で言う、自分に嫌気がさす。 「ああ……。そうだな」  ポツリとつぶやく老人の、視線の先。窓の外には、青々と茂った新緑が広がっていた。木漏れ日が、老人の横顔を柔らかく照らす。五月も半ばに差し掛かり、初夏の陽気はその強さを日に日に増し始めていた。 「シセツチョウ、カわります。キョウはもうタイキンなさってください。ヤキンおツカれサマでした」  僕が老人の横顔に見とれていると、充電を終えたメディカロイドがそう声をかけてきた。 「気にくわない奴がきよった」  不快感を隠さず、吐き捨てるように老人が言う。 「ああ、お疲れさん。いいさ、これ食べてもらったら上がるから。隣の部屋の利用者さんの散歩を頼むよ」 「わかりました。シツレイいたします」  メディカロイドは僕に会釈すると、規則正しいリズムで歩を進め、部屋を出て行った。 「何が気にくわないんですか?優しいでしょう、あの子」  残ったお粥を、お椀の中でかき集めながら言う。 「話し方がな。どうも、かしこまり過ぎてていかん」  パッと見は、20代前半の女性にしか見えないメディカロイド。老人が彼女をロボットと理解しているのかどうか。少し興味はあったが、僕はその事についてそれ以上何も言わなかった。
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