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「もう、あんまりにも起きてこないから死んでるのかと思ったのよ?」
「ごめん。つい寝過ごしてしまったみたいだ。」
本人は気づいていないらしい汚れを指で拭いながら、私は謝罪をした。
口を少し尖らせたまま、やれやれと言わんばかりの表情の彼女は私に比べ頭ひとつ分背が低い。
つまりは自然と私を見上げる形となるわけで。
その口を尖らせた時の表情といい、おのずと出来上がった上目遣いといい、愛らしくはあっても恐ろしくはない。
「いいの、分かってるから。昨日も帰ってきたの遅かったし、疲れてるのよね。」
もうすぐご飯にするから、少し待ってて。
そんな風に声をかけ、彼女はまた庭へと戻っていった。
庭には彼女が大切に育てた花々が綺麗に並んでいる。
薔薇から始まるそれは、白、紫、ピンクと初夏の花々で埋め尽くされていて、狭いながらも庭園と呼ぶのに相応しい。
そんな庭園の一番奥。
彼女の膝程の高さの低木には紫色の蕾に混じって星型の白い花が顔を出していた。
「咲いたんだね、檸檬の花。」
いつだったか彼女が買ってきたその苗木は、知らぬ間に花をつけるようになっていたらしい。
他の花々の甘い香りの中に柑橘系独特の甘酸っぱい香りがする。
「そうなの!いい香りでしょ?」
スコップとじょうろを片手に、花が褒められたのを我が事のように誇らしげな妻。
その愛らしい表情に破顔しそうになるのをどうにか耐え忍び、私は同意するかのように妻の額に口付けた。
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