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掃除ついでに飾られている写真立てにうっすらと積もった埃も取り払って…。
「……っ。」
思わず、手に取ったそれを伏せた。
縁の中の2人は寄り添う様にして、幸せそうに笑っている。
『あの子の事は忘れて、…生きて下さい。』
同時に妻の両親の言葉を思い出す。
あれは確か、妻が居なくなった翌日だったか。
憔悴しきった私にかけた慰めの言葉だったのだろうが、忘れる事など出来る筈もない。
何よりも、そもそも脳裏に焼き付く絶望はそう簡単に消えてはくれない。
薄暗い室内に浮かび上がる、恐ろしい程白い腕。その薬指に光る指輪はただ無機質に光っていた。
そして、それと対比するように、美しい顔は痛々しげな紫と赤が散っていた。
夢ならばどれ程良かっただろうか。
先程まで見ていた夢の中の彼女は花のように愛らしく微笑んでいてくれたというのに。
逃げるようにして、私は中庭へ続く窓辺へと近づいた。
窓には酒ヤケと寝不足で酷い顔色の男が映っている。
ふと、夢の中で香った檸檬の香りがした。
「…ふ、ぅ…っ。」
息を詰めて、泣き声を押し殺す。
好いていた。誰よりも。
私が思っていたよりもずっと。
これからずっと、側で生きていくのだと思っていたのに。
それは突然半身を無くしたかのように。
妻が死んではや3年。
未だ私は、今まで当然のように出来ていた呼吸すらも1人では上手く出来ない。
雲の隙間から差す朝日に照らされ、庭の檸檬の実は艷やかに光っていた−−−。
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