愛が世界を救うなら

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愛が世界を救うなら

 よくある光景だ、非常に残念なことに。それでも腹立たしいと思うことには変わらなくて、安永柚葉(やすながゆずは)は勢いよく――目の前の腕を掴んでいた。 「いたっ!な、何すんだ!」 「それはこっちの台詞」  振り返ったうちの学校の体育教師――田渕誠(たぶちまこと)をぎろりと睨む柚葉。田渕の手が掴もうとしていた先には、柚葉の幼馴染である仙道昴(せんどうすばる)がいる。 「私、ばっちり見てたんですけど。先生が昴のお尻を通りすがりに触ったあげく、声かけて強引にどっかに引っ張っていこうとしたの。どういうご用件でしょうか?人に言えない用件じゃないのでしたらどうぞはっきりよろしく。ていうかどういう用件でも同行して事情をじーっくり聞かせて頂くつもりですけどね?」  田渕は男で昴も男。それでも昴がセクハラまがいな目に遭うのはけして珍しいことではない。それは彼が、小柄で中性的な可愛らしい顔をしているというだけではないのだ。彼がいわゆる“第三の性別”において、非常に不利な立場にあるからである。  数百年ほど前に発見された、男女以外のもう一つの性別。それが、ベータ、アルファ、オメガの三種類だった。通常の男女などの性別しか持たない者はベータで、これが未だ人口の大多数を占めている。問題は残りの二つ。アルファとオメガはどちらも、ベータの人々より生まれつき多くの能力で優っているとされている。特にアルファの人間は、アルファに産まれたというだけで尊敬されるし尊い血筋と言われることが大半だ。彼らは生まれついての支配者、などと言われることもある。  そして、オメガは。 「……オメガ相手だから、何してもいいってわけじゃないのよ」  私は怒りのまま、ぎゅっと手首を掴む手に力を込めた。 「アルファだのオメガだの主張する前に、人間としての倫理観とか常識ってやつを学んだら?仮にもアンタ、教員でしょ」  オメガは、男性であっても子供を産むことのできる性別とされる。そして定期的に発情期があり、そのタイミングでは無作為にフェルモンでアルファを誘ってしまうので抑制剤を飲んで休養するしかないのだそうだ。発情期の間にアルファの性行為を行うと、高い確率で妊娠してしまうことでも知られている。ゆえに、発情期の時期にそういったことを望まないオメガは、自己申告した上で薬を飲んで学校や会社を休むしかない状況に陥ることが多いのである。  柚葉はオメガではないので、そういう情報は全てオメガ本人と学校で勉強したぐらいの知識しかない。ただ、あまりにも理不尽だと思うばかりである。なんせ幼馴染の昴がオメガであるがゆえ、苦労してきたのを間近で見てきているからだ。
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