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その9
「…ねえ、あんた、彰利には私たちの都合でこっちへ転校させてさ…。故郷を離れてこんなゴミゴミしたとこに引っ越して、不憫かけちゃったんだしね…。武次郎君だけが、この子と仲良く付き合ってくれたのよ。なんとか、力になってやれんかねえ…」
”あの夜…、おふくろはおやじに、そう言い寄ってくれてたわ。武次郎とオレは年上にも媚びを売らなかったんで、年中、因縁つけられて絡まれてたんだが、決して引かなかった。だから、たいていは2対5とか時には2対10数人とかの、ハンディキャップマッチでケンカして、いつも傷の手当はおふくろがしてくれてた…”
「…おばさん、いつもすいません。こう年中じゃあ、薬代もばかんなんないですよね。いつか、きっと払いますから、オレ…」
”今思えば…、武次郎はオレのおふくろには妙に懐いていたな…”
...
”一方のおふくろも、そんな図体のでかい、一人息子の同級生を偉く気に入っていたわ”
「いいのよう、そんなこと…。それより、ただ一人彰利の味方になってくれて、武次郎ちゃんには感謝しておるんよ。これからもよろしく頼むわねえ…」
「はい!彰利とオレ、今にこのハマを肩で風切ってのし上がっていこうって誓い合ったんです。それで稼いだお金、おばさんにもちゃんと回しますから…」
「まあ~!そんならねえ…、おばさん、そのこと楽しみにしておくわ。うふふ…」
”あの時のおふくろの笑顔はとにかくなんともで、印象深く覚えてるわ…”
...
「…ああ、そうだ!オレの二つ年上の兄貴にも今度会ってくださいよ。いつもお世話になってるんで、一度あいさつしないとって言ってましたんで」
「そう…、じゃあ、こんど夕飯でも食べに連れてきなさいな。そうよね…、武次郎ちゃんとこはご両親とは暮らしておらんからね…。お兄ちゃんが頼りよね、そりゃあねえ…」
したたかな計算…。
この椎名は幼い当時から、巨漢の大打武次郎にも兄ノボルに劣らぬ人の合い間に入り込む、その身に取り込んでいるしたたかさを冷静に見極めていた。
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