為政者たち

1/1
17人が本棚に入れています
本棚に追加
/11ページ

為政者たち

 その年、テオゴニア共和国はかつてない歓声に包まれていた。  隣国ゲヘナ千年帝国が次々と小国を侵略していく中、人々は恐怖に怯え国内はパニックに陥っていた。そんな最中に差した一縷の望み。  それが、史上初の二十代の若さで大統領となったアリシアの存在だった。  どうせもうゲヘナ千年帝国に滅ぼされ一人も助からないのだ。  そんな思いが国中を支配していたあの頃。大統領選など誰も興味を持たなかった。どうせ死ぬならせめて可愛い子に入れよう。人々は街で沢山見かけたポスターの可愛い子に、アイドルに票を入れる感覚で投票した。  かくしてアリシアは大統領となる。  しかし、思考を停止させた人々の予想は思いもよらぬ方へとはずれた。  彼女は決して見た目が美しいだけの女性ではなかったのである。    アリシアは王政が撤廃され共和制になってからずっと後回しにされ崩壊しかけていた国立軍を解体。最強の魔法騎士団として再建し、公共事業を運営し、国力をV字回復。その卓越した手腕と美貌でたちまち真の意味で国民たちのアイドルと化したのである。  特に彼女の作り上げた魔法騎士団の存在は世界にテオゴニアの名を轟かせた。  何故か女性のみが魔法を扱えるこの国の主戦力は古来より女性たちであり、魔法騎士団は女性のみで構成された世界でも類を見ない軍隊である。 「もはやゲヘナの脅威に怯える時代は終わった! 騎馬隊ローテーションによる連続詠唱戦法は優秀な魔術師を大量に抱える我が国にしかできない世界最強の戦術である!」  細い声を張り上げて演説する小さな国家元首に人々は賛美の声を惜しまず浴びせる。  そしてアリシアの隣に立つ同じく金髪の女性。  彼女は実質この国の№2にして魔法騎士団を束ねる騎士団長、エルミナ。  魔術師として国内屈指のレベルを誇る彼女がアリシアの姉であることを無気力だった国民たちが知ったのはアリシアの当選後のことだ。  演説を終え、老若男女入り混じってぎっしりと詰まった民衆たちからの歓声を受けながら、金髪の美しい女性二人が建物の奥へと消えていく。  ぱたん。と、男性メイド二名がドアを閉めた瞬間、ベッドにドサッと倒れ込んでアリシアが呟いた。 「あああああ…兄貴の原稿読みにくいよぅ…。二回くらい噛んじゃったのバレてたかな?」 「んふふ。私は可愛いなぁと思いながら聞いてたわよん?」  ニヤニヤしながら言ってくるエルミナにアリシアの顔が真っ赤に染まる。 「うわぁぁ…ッ!! やめてやめてッ! 他の人たちはッ?! 気づいてない?」 「さぁ…どうかしら?」 「姉貴のいじわるぅぅぅぅぅぅッ!!」  家族以外の者がこの場面を見ていたら間違いなくアリシアの影武者説が浮上したであろう。彼女が外と内でセルフ二重人格を使い分けていることを知る者は姉のエルミナと、そして…。  二人しかいない部屋にノックの音が響く。 「……ッ! …入れッ!」  慌ててベッドから降りて、髪を整え、背筋を伸ばしてシャンと立ってからアリシアが叫ぶ。  その一部始終を内心悶えながら姉が見守る。  彼女にとってアリシアは世界一可愛い妹だった。  魔法の威力は扱う者のメンタルも大きく影響する。  彼女はこの妹を救うためだけに魔術師となった。  その思いと魔力は世界中の誰にも負けない。 「入るぞ~?」  低い声でやる気なさげに言いながら入ってくる男に、アリシアが一気に全身の力を抜く。ドアが閉まるのを待って彼女は緩んだ顔で口を尖らせた。 「なんだ兄貴かぁ…」 「なんだじゃねぇよ。お前、噛み噛みじゃねぇか」  アリシアとエルミナの兄、エドワード。近年世論に変化が表れ始めているとはいえ、まだまだ男性が表舞台に立つことの少ないこの国で参謀として例外的に魔法騎士団に名を連ねる男。  傍から見ればどう見ても胡散臭いだけの笑顔を浮かべたこの男は通称48『フォーティーエイト』と呼ばれる魔法騎士団の隊列戦法を編み出した男であり、オーディションによって数多くの応募者の中から選りすぐりの魔術師候補を騎士団に加え育て上げる敏腕プロデューサー。  そしてその宣伝手腕によってアリシアを大統領選に当選させた張本人でもある。 「だから原稿は自分で書くって言ったんだよ。兄貴の原稿読みにくいんだもん…」  甘えた口調で言ってくるアリシアに苦い顔でエドワードは言い切った。 「お前の原稿は無駄に難しい単語が多いんだよ。あんなん読まれたって聞いてる連中は意味わかんねぇだろうが」  うんうんと頷きながらエルミナが色っぽい声で続けた。 「子どもが聞いたってわかる文章にしておかないとね~…。それにアリシアが読むなら可愛い言葉にしておくくらいの方が人気が出ると思うわよん? 銀河の果てまで抱きしめて―ッ! とか最初に叫んでみたらどうかしら?」 「誰が叫ぶかぁッ!! 姉貴、楽しんでるでしょッ?!」  くすくす笑っているエルミナをエドワードがやんわり止めながらアリシアに笑いかける。 「あんま叫ぶと外まで聞こえるぞ? とにかく今日も予定が詰まってんだ。外の連中には言ってあっからちゃんとやれよ」  わしゃわしゃと少し乱暴にアリシアの頭を撫でて部屋の外へと送り出す。  出た瞬間、アリシアの表情は一瞬にして硬くなり、全国民の期待と希望を背負った一国の主へと変貌した。  彼女が出てきたことに気づいて、すぐに側近の女性が張り付いてスケジュールを読み上げながらともに颯爽と廊下を歩いていく。  これは決して遊びではなかった。  隣に巨大な侵略国を持つ荒れ果てた国に生まれた兄妹三人が生き延びるために選んだ戦いであり、大勢の国民たちを巻き込んだ壮大な賭けである。
/11ページ

最初のコメントを投稿しよう!