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ヴラディッシュ国
「それは……大変でしたね」
苦笑しているジェイに同じように軽く苦笑してルーカスは返した。
「しかし、本当に大変なのは大統領だ。ゲヘナ帝との会談も控えているというのに、まさかヴラディッシュの皇帝と見合いとは…」
「国民からはかなり批判の声が上がっていますね」
「当たり前だ。ヴラディッシュ皇帝、ツェペシュ十三世は既婚者だからな。この国の常識ではあり得ん」
「それでも外交の為、皇帝に敬意を払ってお見合いはなさるんですよね」
…エドワードの思惑はともかく、対外的にはそういうことになっていた。ヴラディッシュが吸血鬼の国だということもこの国ではまだ一部の者しか知らない。
「……ああ。そうらしいな」
「その…うまく、行くといいですね。ご成婚には至らなくとも、これを機に両国が何かしらの交流を持てるようになれば…」
事情を知らないジェイの無垢な顔を直視できず、ルーカスはただ生返事を返すのみだった。
まさか向こうの国もこちらの国も陰謀だけでこの見合いを計画しているとは到底口に出せない。
それでなくとも生粋の政治家のアリシアが利のない相手と手を組むとは思えなかったし、あの抜け目のないエドワードが吸血鬼の頭を取れるこの機会を逃すはずがない。
ルーカスと別れた後、仕事が終わったというのにまっすぐに家へは帰らずに、夜闇に紛れてジェイは人気のない場所で別の人間と会っていた。
「……用とはなんですか? 同志クリストフよ」
「その名前で呼ばないでください。……マリアンヌさん」
苦い顔で話すジェイに、マリアンヌが露骨にため息をつく。
「一体いつになれば仲間を増やせるのですか? あなたと来たら…」
ヴラディッシュからスパイとしてこの国に来て早一年。
何の成果もあげられていないジェイとマリアンヌには本国から再三、早く仲間を増やすようにとのお達しが来ている。
「そ…それは……」
「まさかとは思いますが、連中に情が移ったのではありませんよね?」
「違います…ッ。そうではなくて…ッ、その……」
苦しそうな顔のまま、ジェイは硬い声で続けた。
「連中には…どうも…その…ッ、仲間にする価値を……感じない…」
「…………そ、それは…一理ありますが…」
薔薇団の連中を見れば、確かにあのアイドルオタクたちを仲間にしてその後一体何をしようというのかという気持ちになるのも理解できた。
「それに、仲間を増やせていないのはマリアンヌさんもでしょう?」
苦し紛れにそういい返すのが精一杯のジェイだったが、この国においてマリアンヌと自分とでは立場が圧倒的に違うことも理解はしていた。
男性の人材が不足しているこの国では実力さえあれば男性の組織で出世するのはたやすい。しかし女性はその逆で、マリアンヌほどの優秀な人材ですら他の人材に埋もれてしまってなかなか出世できず、最近になってようやくルーカスやエドワードと口がきけるようになったものの、未だに大統領やその周辺などの人物とは話す事すらできずにいる。
マリアンヌが冷たい顔で告げた。
「ですが、そろそろあなたの立場ならあの騎士団長に手が届くはず。彼なら仲間にするには十分すぎる人材では?」
「それは…………」
この国に来てから今まで、ずっと世話になってきた騎士団長の顔が脳裏をよぎる。決して祖国への忠誠心が揺らいだわけではない。
だが……。
「彼はまだガードが固くて…完全に信頼を得るには今しばらく時間が…」
たどたどしく話すジェイに、マリアンヌは胸中息をつきながら、それでも話題を変えてくれた。
「…あなたを信じましょう、同志。それで、要件は?」
「皇帝陛下が、アリシア大統領とお見合いをなさるというお話は…」
「当然、知っています。これから本国へ使いを飛ばそうと思っていたところです」
「彼らは我々の国のことをどこまで知っているのでしょうか?」
「心配せずとも大丈夫ですよ。血を吸って仲間を増やす事くらいしか知りません。もっとも、それを知られているが故に我々の活動も多少困難となっていますが、昼は動けないと思われているようですから」
所詮その程度だと報告しておきます。と、マリアンヌは言うが。
「その……もし、可能であれば、同盟を…進言することはできないでしょうか?」
「は?」
「い、いえッ! その…大統領やその周辺の利用できる人材の数が多い事を考えれば、こうして一人ずつ仲間を増やすような活動をするより表立って手を結べた方が…効率がよろしいのではないかと」
「…………一応、報告には入れておきましょう。ですが」
「はい」
マリアンヌの瞳が、月光を受けて妖艶な色に光った。
「我々は吸血鬼であるということを、ゆめゆめお忘れなく」
「…………」
「すべては、ヴラディッシュのために」
細い声で復唱するジェイの顔は、苦く曇っていた。
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