プロデューサーと騎士団長

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プロデューサーと騎士団長

 その日、いつもの訓練を終えたFLR(フレア)48の控室では珍しく男性の話題が上がっていた。 「…でね、私が『触らせて~』って言ったら、パタパタッて尻尾が動いたの」 「かわいぃ~! 嬉しいとホントに動くってこと?」 「本物の犬みたいでしょ?」  お揃いの可愛くてお洒落な制服に身を包んだ女の子たちが先日尻尾が生えて一躍有名になった騎士の話で盛り上がる。  ニックは犬人になったわけではないため犬人の能力は一切持たないが、尻尾だけは本物らしく、彼の身体と完全に同化している。 「えー! すご~い! 私も触りに行きた~い! 犬のおやつとか持っていったら喜ぶかな?」 「私、ブラッシングしてあげよ~っと」  女の子たちだけの控室はテンションの高い黄色い声が飛び交っていた。  魔法の威力は扱う者のメンタルが大きく影響する。  可愛い衣装と輝けるステージと一致団結できる仲間たち、そして応援してくれるアイドルオタク…いや、ファンたちの力で女の子たちは仲間と共にステージに立ち続けるため、世界最強の力を発揮できるのだ!  …とは、この国の敏腕プロデューサー、ことエドワードの持論だったが。実際、仲間と夢に向かう女の子の底力というのは馬鹿にならないもので、数々の敵軍を一瞬にして蒸発させてきた彼女たちの魔法の威力がそれを物語っている。  エドワードの宣伝作戦により元々アイドル好きだった全国民はいまやすっかり新しい大統領と48に夢中になっており、魔法騎士団の48は全国の女の子たちのなりたい職業断トツのナンバーワン。これぞ、アイドルプロデュースで国家救済大作戦。  今日も朝から新たな48の選抜オーディションを終えて執務室に戻り、真剣な顔で選考を進めているエドワードの元に、数少ない男性の友人が顔を出した。 「すまない…ッ、少し匿ってくれ」  物騒な台詞と共に慌ただしく部屋に入ってきたルーカスにエドワードが露骨に不機嫌な顔になる。 「はぁ? んだよ、暇なお前らと違ってこっちは忙しいんだよ」  他国からは完全女性社会だと思い込まれているこの国の実質の黒幕が実はこの男(エドワード)であることを知る者は数少ない。その数少ない者の一人である騎士団長は扉を閉めてから申し訳なさそうに息をついた。 「…悪いが今からしばらく俺とここで重要な仕事の話をしていたことにしてくれ」 「お前……。どっかからの苦情処理を不在で押し通そうとしてんな? 何やらかした?」 「…………。いつものことだ。うちの若い連中が調子に乗ってMTO(メテオ)48を怒らせたとかでお目付け役のマリアンヌ女史にクレームが入ったらしい」  カンカンになったマリアンヌが騎士団長の執務室に乗り込んでくるという噂を聞いたため、慌てて避難してきたのだ。この手のクレームは彼女たちの怒りが収まるまで待てば軽いお叱りで済むことが多い。 「ルーカス。悪いことは言わねぇから、いい加減薔薇族の連中を教育しろ」 「…頼む。せめて薔薇団にしてくれ。族はまずい。族は…。それに、うちの連中は確かに調子づくと羽目を外すこともあるが、根は良い連中なんだ。魔法騎士団の女性のことも崇拝しているし、仕事にも前向きに…」  苦しそうに語る団長に同情の眼差しを送ってから、エドワードはそれとなく話題を変えることにした。 「おー。そうだ、この前の報告書読んだぞ。なんなんだあの『ひとり48』とかいうのは」  どうやら本当に仕事の話になりそうだ。執務机の前に置かれたソファーに座ってからルーカスが説明を始めた。  簡潔な説明が終わる頃、茶を出してやってから自分もルーカスの向かいに移動したエドワードが高々と足を組んで好戦的に笑った。 「そりゃまた本格的にバケモンだな」 「笑っている場合か。もし停戦交渉が決裂してまともに攻めてこられたら防ぎきれるかどうか…」 「こねぇよ」  自信満々にこちらを見つめているエドワードに、ルーカスが眉をひそめた。 「何故そう言い切れる?」 「会談の申し込みが来てる」 「な……ッ! ゲヘナからかッ?!」 「おー。それも『ひとり48』からな」  平然と言い放つエドワードを険しい表情でルーカスが見つめる。 「……受けるのか?」 「当たり前だ。こちとら、最初からあのバケモンと戦う覚悟で事を起こしてんだ。懐探れるいいチャンスじゃねぇか」  深く息をついてルーカスは不敵に笑う親友の顔を見た。  昔から彼が言うと、どんな無茶なことでも可能に思えてしまうから不思議だ。そして彼は実際にその無茶を今まですべて可能にしてきた。  兄妹三人の力で国を立て直してみせると宣言したあの日から。 「しかし…何故わざわざ会談を…」  よもやあのゲヘナ皇帝が和平会談などということもなかろう。  良くて宣戦布告。悪くすればその場で降伏勧告してきてもおかしくないのではないか。 「それを今調べさせてる。あの皇帝は手あたり次第侵略してるように見えて侵略する国はちゃんと選んでるぜ? 今まだ生き残ってる国はそれなりの理由があんのさ」 「…調べさせているという割に、ある程度見当はついているという顔だな」 「ま、そこは後のお楽しみだ。それに、今はもう一つのでかい企画が控えてるんでな」  楽しそうに笑う肝っ玉のでかい友人を見ていると、気を揉んでいる自分の方が小心者に思えてくる。
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