第30話 板挟み

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☆  新緑芽吹く初春の、でもまだまだ冷える宵口で、俺は両腕を抱えて思いっきり摩った。 「寒い!!」 「こんな荒野へ出てくるとわかっていたら、ちゃんと上着をきてきたのに」  と、オーレリアンも同じように腕を摩って言った。  オーレリアンの言う通り、辺りは何も無い、ただの荒野だ。と、見せかけて。 「何もなくはなかったんだ。数年前まではさ、ここに小さな町があった」  崩壊して朽ち、風雨に晒された結果もはや町の面影などひとつもない土地だが、そうと知って見てみると所々に建物の基礎のようなものがあり、俺たちが立っているのが道だとわかる。  俺はその道を歩き、まっすぐ進んで町を抜けた。 「この町は……魔獣に襲われたようだな」  察しのいいオーレリアンが言う。俺は軽く頷いた。 「もう7年も前になる。10歳の俺は、魔獣や魔族の噂を聞きつけては各地へ行って、力試しだっつって戦ってた」  ザルサスに言われるがままと言うのもあった。有り余る力を発散するためでも。そして、自分でも実践に勝るものはないと思ってもいたから、野良魔術師として沢山の敵を葬った。 「俺がまだ金獅子と呼ばれる前のことだ」  町を抜けるとまた小道が続き、そして平地が続いている。その左側へ視線を向けて立ち止まると、辺り一面が白い花の蕾を持つ背の低い草で覆われていた。  草っ原の向こうにはかなり大きな湖があり、満月に近い月が鏡面のような水面に映っていて、まるで月が空と地にあるように見えた。 「あの時、俺がここに来た時にはすでに町の人たちは食い荒らされた後で、俺はただ魔獣を片っ端から片付けた。それが終わると、死んだ町の人をここに集めて焼いた……そのままにしておくと他の獣が来て食うから」  できるだけ綺麗な場所で弔おうと思った。1人ずつ墓を作ってやるほど親しいわけでもないし、俺の中では初めて立ち寄った町の不幸な出来事のひとつに過ぎなかった。  でもせめて、今ここにいる自分に出来ることを、とただそう思った。
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