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いっしょにいたい
「ここから先が、北の森だ」
「本当にもう凍っていないのか」
「あぁ、ほら見ろ! あんなに牧草が育ち、大地が呼吸しているじゃないか」
「なら行くか! ロウを探しに」
「おぉ!」
微かな匂いを辿っていく。
ロウには俺たちと同じ狼の血が流れている。
父さんと母さんの血が流れている
俺達にとっても大切な二人だった。
独り占めした……弟の今が見たい!
「本当だ! 凍っていない」
「よし、一気に行こう」
柔らかい土を蹴り、背の高い牧草をはね除け、俺たちは鼻を利かせて住処を探る。しかし長い間閉ざされていた凍った土地には、他の生物がいない。うさぎや鹿位は、いてもいいのでは?
「あっ! 兄貴っ……あそこに牛がいるぞ」
「なに?」
駆け寄ってみると、確かに番の乳牛が柵の中にいた。飼われているのか、手入れの行き届いた毛並みのいい牛だった。
「兄貴、コイツら食っちまう?」
「いや、ロウを探すのが先だ」
「だな」
きっとこの近くにいる。そう確信した。
半獣だったから、牛を飼うなんて変なことが出来るのだ。
やっぱりアイツは異端だ。容赦なく消すべきだ。
牛から微かな違う生き物の匂いを辿ると、切り立った岩場に人間が使うハンモックがかかっているのを見つけた。
「きっと、あそこだ!」
「行こう!」
かなり高い位置にある岩場には岩穴があり、入り口は木の扉になっていた。
明らかに誰かが住んでいる!
「この中にロウがいるのか」
「あぁ、気をつけろ。アイツは半獣だ! 得体の知れない力を持っているかもしれない」
「飛び込もうぜ!一気に」
獣の本能で、少しもじっとしていられない。
俺たちは息を揃えて、岩穴へと飛び込んだ!!
****
「父さん! 母さん!」
「トカプチ! トイ! 」
勢いよく玄関の扉を開くと、父さんと母さんがいた。そして母さんの腕の中には妹のノンノ(アイヌ語で花の意味)がいた。
「父さん、母さん、1年ぶりだ。そしてノンノ、はじめまして!」
「よく来たわね。あら、ロウはどこ?」
「あ……あいつはすぐそこの森にいるよ。ごめん。ここまで連れて来るのも大変だったんだ。ロウにとってこの地に足を踏み入れるのは、まだ辛いみたいで……」
父さんと母さんは顔を見合わせたが……すぐに納得してくれた。
「無理もないわ。あれは本当に酷い拷問だったもの。ロウがロウでなくなる程に……それでもすぐ近くまで来てくれているのは、嬉しいわ」
「あぁ、だからごめん。泊まるのはやめて日帰りで帰ろうと思って」
「分かったわ。さぁまずはあなたの息子を抱っこさせて」
「俺も妹のノンノを抱きたい」
「ババぁ、ジジぃ~」
「ふぇっふぇっ」
小さい子供の声と赤ちゃんの声が混ざり、賑やだ。ノンノは親指姫みたいに小さくて可愛い人間の女の子だった。
「俺に似てるかな」
「えぇ、あなたの赤ちゃんの時と似ているわ」
「女の子も可愛いな」
俺みたいに苦労しないといい。
胸から乳が出るのは出産してからで十分だ。
しあわせに……穏やかな人生を贈って欲しいよ。
「あらあら……トイはすっかり大きくなって、もう身体は3歳児以上ね」
「やっぱり成長が早い? でも食事がまだ乳だけだから、躰の欲するものとのバランスが合わなくて、それで……」
机の上には、白いお粥やカボチャをつぶしたスープが用意されていた。トイは早速、母さんの作った食べ物に興味津々だ。
「さぁ!じゃあ急がないとね。離乳食から幼児食の作り方まで一気に教えるわ」
「ありがとう!母さんはやっぱり頼りになるよ」
「あなたにこんなことを教えるなんて、まだ不思議だけど……さぁいらっしゃい。トカプチ」
俺は母さんと台所に立った。
「トカプチ、トイは私と遊んでいるから、しっかり学べ」
「ありがとう!父さん」
変わらない親子の関係、親子の愛。
ロウにもここにいて欲しかったな……やっぱり。
そう思うと、この場にロウがいないのが、寂しくなってしまった。
とても強いのに、優しくて弱い……ロウが好きだから。
愛しているから──
一緒にいたい。
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